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「第二章 積極緩和の長期化がもたらす副作用」立ち読み

河野龍太郎(こうのりゅうたろう)

一九六四年、愛媛県生まれ。BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト。一九八七年、横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行入行。大和投資顧問などを経て、二〇〇〇年より現職。「日経ヴェリタス」二〇〇八~一〇年、二〇一二年債券アナリスト・エコノミスト人気調査エコノミスト部門第一位。

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    第二章 積極緩和の長期化がもたらす副作用

    河野龍太郎×萱野稔人

    ▼金融緩和反対で日銀人事案否決

    ―― はじめまして。今日はよろしくお願いします。河野さん、かなりお忙しいご様子ですね。証券会社のエコノミストとして機関投資家へのアドバイスをされているだけでなく、日本の財政・金融政策の立案にかかわる人びととも仕事をされているとか。

    河野 日銀、財務省、経済産業省、それから内閣府の経済政策担当部署の方がたとは、日々やりとりしています。一日に二、三件は常にアポイントが入っている状況で す。

    ―― 証券会社という金融の現場にいらっしゃるだけでなく、日本の財政・金融政策の根幹にもかかわっているプロフェッショナルなんですね。
    ところが、その河野さんを日銀審議委員として起用する国会同意人事案を二〇一二年三月に民主党政権が提出したところ、翌月の参議院本会議で否決されてしまった。

    河野 ええ。その節はお騒がせしました。

    ―― その採決ではおもに自民・公明両党と、みんなの党が反対したと報道されました。彼らに言わせれば、河野さんは「追加金融緩和に反対で、デフレ脱却に消極的」だということでした。私は河野さんが金融緩和に反対されていることがひじょうに興味深くて、今回お願いしてお時間をいただきました。
    というのも、金融業界というのは基本的に金融市場で変動がおこったときに利益がでる業界ですよね。株も為替も、上がろうが下がろうが変動さえあればもうけることができる。だから、目先の利益だけを求める人なら追加の金融緩和は大歓迎のはずですよね。

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    ところが河野さんはちがう。つまりそれは、金融緩和について河野さんが相当な危機感をもっていらっしゃるということではないか。その危機感とはどういうものなのかをおききしたいと思ったのです。

    河野 となると、まず言っておかなくてはいけないのが、私は「どんなときでも金融緩和をしてはならない」と考えているわけではない、ということでしょうね。金融危機がおきた直後などには、大胆な金融緩和が必要になります。それは否定しません。
    ただし、いまの日本の状況は、リーマン・ショックのような大きな危機に直面しているのではありません。ダラダラと低成長がつづき、デフレが長引いているのはたしかですが、金融危機のときのように急激におきるショックへの対症療法が必要かといえば、それはちがうだろう、と言っているわけです。
    日本経済の問題はもっと構造的なもので、金融緩和をこれ以上推し進めても日本経済の抱える病理は解決しない。むしろ悪化させるリスクもある。それが私の考えていることです。

    ―― バブル崩壊のような一時的な危機ではなくて、もっと根本的な問題があると。ではずばり、この日本経済の病理は、なにが原因だと考えていらっしゃいますか。

    河野 端的にいえば、低成長の原因は人口動態だと思います。そして、それを認識したうえでの構造改革や社会制度の構築がおこなわれていないことが問題です。

    ▼需要としての設備投資

    河野 萱野さんは、藻谷さんにもお会いになっていますよね。これは藻谷さんも指摘されたことだろうと思いますが、いま日本では少子高齢化が進み、生産年齢人口が減っています。この生産年齢人口の減少というのは、すなわち消費意欲の高い人口の減少ですから、個人消費の落ち込みにつながるんです。

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    ―― ええ、そこから内需の不振が始まった。それで、経済全体が縮小していったというお話でした。

    河野 生産年齢人口、ひいては生産年齢人口から学生や専業主婦などをのぞいた労働力人口が減ることによって、需要の縮小があっただけでなく、日本経済の実力そのものが低下したんじゃないか、ということを私のほうからは申し上げることになるかと思います。
    経済の実力そのものが落ちたときに、貨幣供給量を増やすことでなにか改善できるのか、むしろ逆効果だったんじゃないか、という話です。
    そこで最初の切り口として考えたいのが、企業の設備投資です。

    ―― それは企業部門の供給能力について考えていくということですか。供給能力を上げましょう、という。

    河野 いえいえ、ここで考えたいのは「需要としての設備投資」です。
    どういうことかというと、支出をする主体というのは個人ばかりじゃない。企業も設備投資というかたちで支出をおこなっています。設備投資は需要側と供給側、ふたつの側面をもつのですよ。
    先ほど話にでた生産年齢人口にしても、労働力の規模とみれば供給側(サプライサイド)の要素ですが、個人消費の主体の規模とみれば需要側(デマンドサイド)になったわけで、それと似ていますね。
    世の中には、「需要に関係なく、供給力を強化すれば経済成長が達成できる」と主張する「サプライサイド経済学」というものもありますが、ここでそういう流れの話をするつもりはありません。
    出発点はあくまで需要です。供給構造に問題があるときも、現象としては需要に問題がでてきます。それを前提にして、お話ししたいと思います。

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