英国EU離脱、トランプ大統領誕生で
猛威をふるったポピュリズムの嵐が、
フランス大統領選でも吹き荒れた。
しかし、この世界的潮流の背景を
きちんと見定めている人々は少ない。
グローバル化の問題点を明らかにしてきた
気鋭の論客ふたりが
このポピュリズムの「正体」を明らかにする。
フランス大統領選を読み違える日本人
柴山 五月のフランス大統領選挙は、極右政党国民戦線のマリーヌ・ルペンと中道右派の若手エマニュエル・マクロンの決選投票になりましたね。
中野 ルペンのことを日本のメディアはさかんに、「極右」「フランスまでEU離脱か」と言ったけど、なぜ近代の自由・平等の母国のようなフランスで彼女がここまで支持されたか、腑に落ちるような解説は少なかったですね。
柴山 多くの方が耳にされたのは、「度重なるテロへの恐怖感から、移民排斥を掲げる極右が台頭して社会が内向きになっている」「EUの中核を担ってきたフランスでも、過激な主張に熱狂するポピュリズムが台頭している」といったお定まりの絵解きでしょうね。
中野 そう、またぞろ「ポピュリズム」という単語が飛び交った。この「ポピュリズム」という単語は、二〇一六年以降、英国のEU離脱いわゆるブレグジット、アメリカでのトランプ大統領誕生に際しても、日本で繰り返し使われました。「経済的繁栄から取り残された保守的な白人低所得者層の不満が噴出して、ポピュリズムが政治的な力をもった」というように。
しかし、はっきり言って、それは違うのではないか。今世界で起こっているのは、単に「愚かな大衆が、自分の目先の利益を守るために、移民やマイノリティを排斥したがっている」ということではないのではないか、というのが、今度柴山さんと出させてもらう『グローバリズムその先の悲劇に備えよ』(集英社新書)で我々が表明している、ひとつのメッセージです。
「怒りの政治」が破壊するのはグローバリズムの潮流
中野 日本のメディアや知識人と呼ばれるエリート層は、この「ポピュリズム」という言葉をきわめて否定的に使って、「愚かな大衆は、歴史の必然であるグローバリズムが自分の利益にもつながるとわからず、抵抗している」という「上から目線」の態度を示してきました。これはあまりに偏狭な見方だと私は思いますよ。
柴山 確かに、ポピュリズムは「大衆迎合主義」と訳されるのが普通ですけれど、今欧米で起こっている現象をしっかりと見れば、ただの衆愚とは違うことが見えてくるはずです。
中野 実際にトランプを支持した人々や、国民投票でEU離脱に一票を投じた人々は、何を考えていたのか。それは「私たちは、これ以上主権を放棄して、グローバル化の犠牲になるつもりはない」という意志を表明したと見るべきだと思います。
つまり、民主主義による反グローバリズム運動なんですね。ポピュリズムを否定するエリート層の意識の根底には、「グローバリズムこそ正しい歴史の潮流であって、この方向に進むことが善だ」という前提もあるのでしょう。けれども、むしろグローバリズムは長続きしないということこそ歴史の必然だというのが、私と柴山さんの共通認識ですよね。
柴山 グローバル化が社会を不安定にして、国家間の対立を激化させ、やがて世界各地で政変や戦争を引き起こしていく、という流れは、歴史上何度も起こってきたことです。二〇世紀末から興隆してきた、今回のグローバル化だけが例外になるとは思えません。
たとえば、一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけては、国際投資や移民活動が盛んに行われた、第一次グローバル化という現象がありました。
中野 柴山さんが二〇一二年に出した『静かなる大恐慌』(集英社新書)でも指摘したことですね。この第一次グローバル化でドイツが急成長を遂げ、それまでのイギリス優位が揺らぐ。欧州のパワーバランスが変動した結果、第一次世界大戦、第二次世界大戦という二つの世界大戦につながっていった。
柴山 そうなんです。第二次世界大戦中に経済人類学者のカール・ポラニーが書いた『大転換』(邦訳・東洋経済新報社)という著作を読むと、第一次グローバル化が終焉に至った原因が明快に論理立てて説明されています。
中野 我々二人が、グローバル化が「やばい」と気づいて、いろいろな本を書いてきたのも、若いころにポラニーを読んでいたからですよね。
柴山 そうそう。
中野 一九九〇年代あたりからグローバル化がやたらに叫ばれるようになって、「おや、これはポラニーが言っていたことじゃないのか」と感じたんですよ。
反グローバリズムは主権回復の運動だ
柴山 ポラニーの理論で的を射ていると思うのは、グローバル化で共同体が解体されたときに、何が起こるのかということです。ポラニー自身はイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの言葉を借りて「悪魔のひき臼」という言葉を使っているけれども、ヒト・モノ・カネの移動が自由になる中で、人々は共同体から切り離されて、市場経済の中に裸のまま投げ込まれてしまう。
市場経済はあらゆるものに値段が付けられ、商品として取り引きされる。例えば労働者は、景気がよければ雇用されるし、悪ければ失業する。土地生産物の食料だって、世界経済の動向で上がったり下がったりする。それが市場メカニズムです。でも人間は、そんな不安定な状態に長く耐えることができない。
中野 そうやって、孤独になり、社会から切り捨てられていく人々の不満が限界を超えたとき、特定の人種や宗教、帰属する国家といった共同体への再結束の欲求が爆発する。第二次世界大戦前夜から欧州を覆ったファシズムの潮流は、まさにそうして生まれたのです。
柴山 現代の世界のエリート層が、グローバリズムを善と見なし、反グローバリズムを人種差別や宗教的なヘイトに直結する悪と見なしがちなのは、ナチス・ドイツの支配のような悲劇を繰り返させないという気持ちが元来はあったからかもしれない。でも、さらに一段踏み込んで、そのファシズムの根源を見つめてみれば、グローバル化があったんだということを忘れているんですよね。
中野 ポピュリズム政治家の主張が、とかく過激で、大衆受けを狙っているものなのは確かなんですよ。私自身も反グローバリズムの主張を展開しているけど、トランプ大統領が言うようにメキシコ国境に壁を作って、その費用をメキシコにもたせるなんていうのは、どうかしていると思う。しかし、彼を支持する人々が「もののわかっていない愚かな大衆だ」という一方的な見方は受け入れられない。
柴山 ブレグジットにしても、イギリス国民の過半数が、移民を完全に排斥しようと考えているなんてことはありえない。では、彼らは何を表明しているのかというと、自国の都合で移民を管理できないEU体制に反発したと見るべきなんですね。
中野 そうなんですよ。「離脱」に投票した人たちへのアンケート結果を見ると、理由として一番多かったのは「イギリスのことはイギリス人で決めたい」というものでした。これは国民主権の原則、要するに民主主義でしょう。EU離脱というのは、民主主義による抵抗だった。
柴山 『時間かせぎの資本主義』(邦訳・みすず書房)を書いたヴォルフガング・シュトレークは、EU─ユーロ体制は、各国の民主政治を骨抜きにする仕組みだと指摘しています。しかも、興味深いことに、彼は「EUとは新自由主義を押し付けるための外圧機関だ」という趣旨のことを言っているんですね。
EUが深い経済統合に進んだ一九八〇年代は、欧州各国での新自由主義的な改革が停滞した時期です。ところが、労働市場を改革しようとすると労働組合が反発する。財政規律を回復しようとすると、社会保障を削減するのかと非難される。そこで、単一市場・通貨同盟という目標を掲げることで、「欧州は統合しなければ、企業がアメリカや日本に勝てないぞ」と言って反対派を押し切った。
中野 理想主義的な人は、EUのような試みを人類の歴史の進歩の過程と見て、国家を超えて地域連合ができ、やがて世界政府が誕生するというような幻想を語ったりしたけれども、内実はもちろんそんなものではなかった。
柴山 もうひとつ、日本との関係で忘れてはならないと思うのは、冷戦との関係です。EU諸国、あるいは新自由主義的な政策を掲げた西側諸国には、ソ連という巨大な敵があった。ソ連の脅威があったからこそ、欧州の統合は説得力をもち、アメリカもそれを支持した。ところが一九九一年にソ連が崩壊して、すでに四半世紀が経ったわけで、世界は大きな変革の時期を迎えることになったと思うのです。
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中野剛志(なかの たけし)
評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。主な著書に『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)など。
柴山桂太(しばやま けいた)
京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。1974年、東京都生まれ。京都大学経済学部卒業後、同大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。専門は経済思想、現代社会論。主な著書に『静かなる大恐慌』(集英社新書)など。
●中野剛志、柴山桂太著『グローバリズム その先の悲劇に備えよ』(予価760円+税)が集英社新書より6月16日に発売予定。