はじめに 老化学に新しい知見

「老化は病気です」
 老化という言葉は、何歳ぐらいから意識されはじめるのでしょうか。
 中年以降、ふさふさとしていた髪に白髪が混じってきたり、抜け毛が目立ってきたり、突如として身体能力の衰弱ぶりに愕然としたり(とくにセックスが弱くなったり興味がもてなくなったり、夜更かしで無理が利かなくなったり、二〇代では普通にできたことができなくなったり)、また、理由もなくからだのあちこちが痛み出したり、もろくなったり、かつては想像もしなかった病気と付き合わざるをえなくなるなど――たいていはそんなときからでしょうか。
 若いころには他人事のように感じられた老化という現実が、歳を重ねるにつれ、事あるごとに意識に上ってくるといった具合でしょうか。あるいは、周りの同年代の衰えぶりを目の当たりにするたびに、いつしか老化という現象を受け入れざるをえなくなる、とでも言いましょうか。
 これまで、老化は時間とともに進行し、時の経過がもたらす産物と広く信じられてきました。すなわち老化は生まれながらの自然現象・生理的現象で、もとより避けることはできないと、たいていの人々が考えていました。「考えていました」と過去形で書きましたが、いまでもほとんどの人がそう思い込んでいると思います。
 時の流れは避けられない――つまりこれまでは、老化の進行に対して人間は抵抗することができず、すべての人に平等に訪れる現象と捉えられていたと言っていいでしょう。
 このような通念に逆らって、「老化は病気なのです」と記したら、大方の読者は首をひねるか、眉につばをつけてからページを繰りはじめるのではないでしょうか。
 実際、講演やセミナーなどの席で「老化は立派な病気ですよ」と話しますと、たいていの方は、まずなにやら得体の知れないものに出くわしたような顔つきになります。少し前なら、そういう反応は当然でした。老化が病気だとは、とうてい信じられない暴論だと受け止められたはずです。

不老不死を追究した錬金術師もいた
 老化を押しとどめることはできるはずもないという通念の一方で、古くから老化に抗うさまざまな方法が試みられてきたのも事実です。
 そのなかにあって、一握りの人たちは不老どころか不死さえも望み、人目に触れない場所で秘術を尽くしてその方法を獲得しようと努めてきました。
 広くヨーロッパや中近東、中国において、不老不死を実現するための「霊薬」(「elixir」=エリクサーと呼ばれた)をつくろうと試みた錬金術師(アルケミスト)たちも、そんな仲間でした。また、中世ヨーロッパでは、不老不死を実現するための呪文や護符が密かに広まっていたとも言います。
 もっとも、そうして得られたはずの霊薬や護符によって、不老不死を実現したという話はいまだかつて聞こえたためしがありませんから、どうやら錬金術の試みは実を結ばなかったようですが。
 老化をめぐる錬金術師たちの試行錯誤から何世紀も経った現代、老化研究(老化学)とアンチエイジング(抗加齢)医学研究の最前線から、これまでの常識を覆すような新しい知見が出てきました。その知見を一言でいえば、「老化は病気であり、病気である以上、治療の対象となる」というものです。
 いま、最先端の研究者たちは、老化の原因とその経過をつまびらかにしつつあります。そして、研究の成り行きによっては、かつて錬金術師たちが夢見た不老さえも実現できるのではないか――そんな可能性が見えてきたのです。
 筆者自身、四〇年近くにわたって、老化学の基礎研究と並行しながら臨床医としても活動してきました。具体的には、若年齢で発症し、急速に老化が進む「早老症」の一種である「ウェルナー症候群」を基礎に老化とは何かを探求する過程で、その原因となる遺伝子を発見することができましたし、そのかたわら、免疫学の専門臨床医として、主に自己免疫疾患の一つである「リウマチ」や「膠原病」の患者さんたちを治療してきました(自己免疫疾患については第一章で説明します)。
 これらの活動を通じ、筆者は老化学の最前線に触れてきたのです。
 本書では、老化学の最新の知見を踏まえながら、まず「なぜ老化は病気であると言えるのか」、その理由を平易に述べることからスタートします。その後、治療薬や治療法すなわち「どのように老化を防ぐことができるのか、若返りが実現できるのか」というノウハウにまで筆を進めていきたいと思います。

ヒトの寿命と病気の関係
 そもそも老化研究者の間では、生物の一種としてのヒトの最大寿命は、一二〇歳ほどであろうと考えられています。なぜ一二〇歳ぐらいなのかという明確な根拠はないのですが、これまでの信頼できる記録からして、一二〇歳あたりが妥当だと判断されているからです。
 実際のところ、一九九七年に一二二歳で亡くなったフランス人女性のジャンヌ・カルマンさんが、出生記録の確認できる世界最高齢者として広く知られています。
 ことさら一二〇歳を記録しないまでも、アメリカや西欧、日本では一〇〇歳を超える長寿者はもう珍しくなくなっています。最近の厚生労働省の統計(二〇一二年)では、日本における「百寿者」(一〇〇歳以上の長寿者をこのように呼びます)の人口は、五万人を超えるまでになりました。
 さて、生物学や老化学では、ヒトの寿命は遺伝子によって設計されていると考えられています。つまりヒトの場合、誕生の段階では最長一二〇歳ぐらいまでの寿命と設定されているはずだというわけです。ただし、その寿命の長さには個々人によって差があります。遺伝子の働きが個人個人によって異なるからだと考えられるからです。
 ですから、寿命とは生物にあらかじめ備わった(プリインストールされた)固有の電池式時計のようなもので、電池が切れたときが寿命となります。
 しかしながら、科学的には一二〇歳まで寿命をまっとうできると考えられている一方で、現実にはほとんどのヒトは、それよりも短い人生で生涯を終えます。突発的な事故やケガなどが元で死亡するヒトを除けば、大方は不慮の病を得て、寿命半ばで生を絶たれてしまうケースがほとんどです。
 逆に言えば、病気にさえ罹らずに健やかに人生を送ることができれば、一二〇歳までとはいかなくとも、個々人に備わっている遺伝子の力で、その人本来の寿命を等しくまっとうできるはずです。
 ここに老化と病気の関係を探ることは、当然のことだと思われるでしょう。
 それでは、本論に筆を進めることにしましょう。
 第一章では、なぜ老化は病気なのか、その理由を述べたいと思います。すなわち老化学の新しい知見を詳しく説明します。ここでは「炎症」がキーワードになります。「炎症」とは、なにやら難しそうな言葉ですが、できる限りわかりやすく説明するつもりです。
 第二章では、アスピリンに代表される鎮痛薬を取り上げます。痛み止めの薬は抗炎症剤や消炎鎮痛剤とも呼ばれますが、それにとどまらず、老化を防ぐ可能性のある薬剤として注目が集まっているのです。いわば手軽な「不老の妙薬」と考えられる消炎鎮痛剤の効果を解説します。
 第三章では、アスピリン以外の不老長寿の新薬開発と、それにともなう、昨今大流行のサプリメントについて検討を加えます。とくに、新たな不老の妙薬になるかもしれないサプリメントの光と影の部分に注目してみましょう。この章では「抗酸化」がキーワードです。
 第四章では、家庭でもできる手軽な「アンチエイジング」の方法をいくつか紹介しつつ、今後、老化を押しとどめる医学的・物理的・心理学的方法の可能性まで話を進めてみたいと思います。