キュレーターは、得体の知れない含意と奥行きを秘めた、時を超えた芸術作品(マスターピース)と、表象批判の先鋭のような実験的な作品(カッティングエッジ)をともに扱いながら、現在にそれらが存在することの意味を、展覧会として問いかける。観客や批評界からのフィードバックをもとに、新たな芸術表現を次々と歴史の通時的な軸の中に組み込み、文脈化していくのだ。一方で巧みなテーマ立てや作品の選択、ディスプレイ、場の設定で、鑑賞者を誘惑し、心身ともに鑑賞体験、参加体験に没入させるさまざまな専門知識と戦略をもつ。人びとの意識を変えるという確信犯的目的に基づき、視覚を通した集合意識、集合記憶をすくいとり、《文化》としてフォーマット化し、次代に接続しようとする善意の歴史家。それがキュレーターである。
 本書では、キュレーター、この罪深き職業について、その信じがたい体験と思考の振れ幅にいささか躊躇しながら語っていく。