まえがき
以前、出演したテレビ番組で、「人間は、その行動をした直後にメリットが生じると、またその行動をするようになるのだ」というテーマから、数ある心理学領域の中でもひときわユニークな「行動分析学」を紹介した。番組ディレクターらは、視聴者にわかりやすく「メリットの法則」という番組用の造語を用いて、行動分析学の専門用語を使わずに番組を構成してくれた。そのおかげもあって、深夜帯であるにもかかわらず大変な高視聴率であったという。スタッフによれば、番組中にツイッターやら2ちゃんねるなどのメディアでもかなりの反響があったそうである。
しかし、確かに視聴者にはわかりやすい「メリットの法則」なのであるが、一方では番組企画段階での予想通り、誤解を招いたところもある。そもそも、「メリット」という言葉は、「(目先の)利益」という印象を抱かせるようであり、「人間は自己利益のために行動している」と考えたくない人にとって、受け入れがたいものなのかもしれない。もしくは、人間は動物と違うので「報酬」がなくても行動することがあるという信念を持つ人も多い。そうした感覚はおよそ真っ当なものである。人間には、確かに人間以外の動物とは異なる特徴がある。
ただ、物事を印象や感覚だけでとらえることはよろしくない。「人間は、ネズミやハトなどの動物などと全然違う」と言われる方にお聞きしたい。「そうです、全然違いますね。では、人間にもネズミやハトと共通するところがあるとすれば、それはいったいどんな部分ですか? できるだけたくさんの事実を挙げて下さい」。このように問われると、どのように答えるのだろうか。行動分析学には、多くの実験研究から膨大な知見が集積されていて、そのおかげで、逆に人間が人間以外の動物とどのような点で違うのかという知見についてもまた、数多くの事実を明らかにしてきた。
そして、行動分析学が明らかにした行動の法則は、それが人間社会における諸問題の改善に応用され、大いに貢献していることもまた事実である。集英社新書の杉山尚子氏のベストセラー『行動分析学入門─ヒトの行動の思いがけない理由』において、その行動分析学の基礎から応用までが十分に概説されている。本書では、行動分析学の基本を押さえつつ、日常生活上の諸問題から臨床事例を多めに解説していく。もう少しやわらかく言えば、周囲の人や自分自身の「よくある行動」に着目して行動の原理に迫っていくので、本書を読み終わってから杉山尚子氏の『行動分析学入門』を読まれると、きっと頭の中で整理できるようになるだろう。
第1章の冒頭、頻発する発作で悩む親子への介入事例を取り上げるのだが、こうした生理的・病理的な問題にすら、行動分析学がどのように貢献できるのかをご覧いただき、人の行動の裏に隠された法則を紹介したい。それによって、「人間は報酬がなくても行動することがある」と考えている人が見落としていることにもお気づきいただけるだろう。
本書では、数多くの日常例や症例などを取り上げた。人間が目先のメリットで動く場合も、そうでなさそうな場合も、いずれも感覚ではなく、事実として行動分析学に対する理解を深めていただければと願っている。特に、本書は行動分析学の諸原理だけで強迫性障害などの精神疾患のメカニズムを解説した初めての解説書でもある。全国各地、世界各国を飛び回って数多くの臨床活動をしてきた中で、思い出に残っている事例から、行動の法則を浮き彫りにしたい。