第一章 被災直後、子どもたちに何が必要か  田中 究

最優先されるべきは安心感・安全感

 地震、津波、洪水、火災など甚大な災害が起こったとき、子どもたちにとって最優先されるべきは「安心感と安全感」の確保である。
 子どもにとっての「安心」とは、自分が一人ではなく、周囲の人たちに守られ大切にされていると実感できること、「安全」とは、現実社会の中で身体の危険を感じないような場所や状態を手に入れることである。
 災害が起これば、人は大人・子どもを問わず、命を守るためにとにかく逃げなければいけない。岩手県の三陸海岸地域の防災伝承「津波てんでんこ」に表されるように、誰かを助けようとして共倒れになるより自分が真っ先に逃げる、自分の命は自分で守ることを求められる過酷な状況となる。
 一定の周期で襲来する巨大津波への対策を想定したこの伝承を踏まえ、釜石市では日頃から防災への取り組みを積極的に行ってきた。二〇〇四年からは防災研究で知られる群馬大学教授・片田敏孝氏を防災・危機管理アドバイザーに迎え、学校において防災教育を徹底させていた。その結果、二〇一一年の東日本大震災の際に、市内のある中学校では生徒たちが先生の子細な指示を待たず一目散に走って避難、さらには隣接する小学校の児童を先導しながら高台に到達し、小・中学校に登校していた児童・生徒全員が助かった。このように先達の知恵が活かされた奇跡的な例もある(経緯は、集英社新書『人が死なない防災』〈片田敏孝著〉に詳しい)。
 しかし多くの場合、子どもはあまりの恐怖からどう行動すべきかわからなくなる。身近にいて信頼できる親や学校の先生とともに逃げ、安全な場を一緒に探すことが大変重要である。
 安全な場が確保できると、次は安心感の確保が必要になる。この安心感は、親や親戚など周囲の大人が継続的にそばにいて、見守ることによって得られる。被災直後は特に、親も周囲の大人も茫然自失、あるいはパニック状態に陥るが、それは子どもも同じである。 
 まずは大人たちが気持ちを落ち着かせ、家族や周囲の人々とつながりを持つことができれば、子どもは家族を頼りながら自然に安心を感じられるようになる。
災害が子どもに及ぼす影響についての神話
 子どもたちに「安心と安全」を与えるためには、災害が及ぼす子どものこころへの影響について正しい認識を持つ必要がある。
 幼いから状況がよくわかっていないだろう、深刻には受け止められないだろう、すぐに忘れるだろうなどという考えは間違っている。これは一九九三年の奥尻島での地震(北海道南西沖地震)とそれによる津波、一九九五年の阪神・淡路大震災の後になされた子どもと被災に関する研究からも明らかである。  これらの研究などを踏まえ、私たち児童精神科医が「災害が及ぼす影響についての神話」と呼ぶものがある。

●子どもは幼すぎて、周囲で何が起こっているのかわからない
●幼いので影響は出ない
●子どもは自然の回復力と若さゆえの柔軟性を持ち、衝撃を吸収し、適応し、悪い結果 を残さない
●もし短期間に観察可能な反応を示さないのであれば、災害はストレスや不適応の原因ではなく、長期にわたって問題になるような痕跡を子どもに残さない
●子どもが災害の現場にいなければ影響は受けない

 これらはいずれも「神話」であって、現実とはかけ離れている。
 子どもたちは、災害によって引き起こされた衝撃的な事態・恐怖体験・周囲の異様な雰囲気をあらゆる感覚で瞬時に感じ取り、詳細に記憶している。自己の感情や周囲の大人たちの言動に留まらず、直前の日常的出来事まで、子どもはこころに刻んでいることが多い。こうしたことは、アメリカの精神科医レノア・テアの研究で明らかとなっている。
 一九七六年、カリフォルニア州の町チョウチラで、二六人の子どもたちがスクールバスごと誘拐され、二日後、生き埋めになっていた穴から子どもたちと運転手が自力で脱出するという事件が起こった。この事件後の子どもたちのトラウマ反応を観察研究したのが、レノア・テアである。この研究報告が端緒となって、子どものトラウマ反応について幅広い研究が行われることになったのである。
 衝撃的な体験は、たとえ乳幼児であっても影響を被り、災害以前には見られなかった落ち着きのなさや攻撃性などとして現れたり、発達への影響をもたらすこともある。若いからすぐ回復するだろうと考えるのは、短絡的である。
 こころの傷は、擦り傷が治癒するのとはわけが違う。むしろ、若さゆえに解決したり癒したりする術を持たず、長期的なトラウマとして抱えてしまう危険性をはらんでいる。被災体験に対する反応は、出現時期も潜伏期間も人によって差がある。ある一定の短い期間だけの結果で判断するのではなく、長い目で絶えず目を配りながら、こころの状態を見守っていく必要がある。
 これらは災害を直接的に体感した子どもたちはもちろん、現場にいなかった子どもたちにも少なからず影響があることを忘れないでほしい。子どものこころの傷については第二章で詳述する。