▼危機の本質のつかみにくさ

 最初にこの本の目的をはっきりさせましょう。この本では、今、まさに進行中の経済危機について分析します。しかし、ゴールはその先にあります。この進行する危機のなかで、世界はどのように姿を変えるのか。今後一〇年、二〇年で生じるであろう歴史の大きな変化について、中長期の視点から考える、というのが本書の目的です。
 現在の経済危機を数年のスパンで分析する本はこれまでも多く出版されているし、これからも数多く刊行されるでしょう。短期で見れば、つかの間の好況に転じる局面があるかもしれません。
 しかし、もっと長期に、一〇年から二〇年先の世界を予見してみなければ、今回、我々が直面している危機の全体像を理解することはできません。これから起こってくることというのは、日本人が一般的に考えているよりも、かなりまずい状況のはずだからです。
 ところが、そうした視点から危機の本質を説明しようとすると、すぐにぶつかる三つの壁があるのです。
 第一の壁は、今の世界経済危機は単なる景気循環による一時的な落ち込みであり、長い目でみれば世界経済はふたたび安定をとり戻す、とする向きがいぜんとして多いということです。二〇〇八年のリーマン・ショック時に、これは「一〇〇年に一度の危機」だと喧伝されました。その後、各国のなりふり構わない財政出動や金融緩和によって、八〇年前の世界恐慌の再来は回避されています。そのため、危機は大げさに喧伝されすぎているという批判もなされるようになりました。
 しかし、私の考えは違います。これは静かなる恐慌なのです。今回の一連の危機は、明らかに従来の不況とは違う、もっと巨大なインパクトをもっていると考えるべきなのです。
 第二の壁は、グローバル化や自由化の果てに国家間の対立が深刻化した、という過去の教訓が、ほとんどふれられることがないという問題です。そもそもグローバル化は、最近になって起きた新しい出来事ではありません。歴史的に何度も起きていますし、その都度、失敗に終わってきました。
 具体的にいえば、一〇〇年前のグローバル化は、二度の大戦争によって終わったのです。グローバル化――少なくとも今のようなかたちで進むグローバル化は、決して安定した未来を約束するものではありません。
 第三の壁は、今回の危機が、単なる経済危機にとどまらず、国内政治の危機を伴っているのに、両者の関係をきちんと分析したものが少ないという問題です。とくに先進国では、この二〇年間のグローバル化・自由化で国内社会が大きく混乱しました。日本では所得格差の拡大や、大都市への人口集中による地方経済の疲弊が問題視されていますが、これは日本だけで起きている現象ではありません。グローバル化した世界では、ほとんど必然的に起きる現象です。
 問題は、こうした経済・社会問題を解決するべき政治の力が衰え始めていることです。現代の危機を考えるうえでは、経済だけではなく政治や社会、それらの関係に注目する必要があるのです。