はじめに

 本書で私は、福島と沖縄について考えてみたい。
「福島」とはここで、東京電力福島第一原子力発電所で起きた過酷事故とその影響にかかわる諸問題の名称である。また「沖縄」とは、在日米軍専用施設面積の約七四パーセントが集中して基地負担の重圧にあえぐ島の名称である。

 なぜ、福島と沖縄なのか。
 福島の原発事故は、戦後日本の国策であった原発推進政策に潜む「犠牲」のありかを暴露した。沖縄の米軍基地は、戦後日本にあって憲法にすら優越する「国体」のような地位を占めてきた日米安保体制における「犠牲」のありかを示している。私はここから、原子力発電と日米安保体制とをそれぞれ「犠牲のシステム」ととらえ、ひいては戦後日本国家そのものを「犠牲のシステム」としてとらえかえす視座が必要ではないか、と考えた。それはまた、二〇〇九年夏に生じた戦後日本初の本格的な政権交代の後、眼前に展開された現実に促されてのことでもあった。

 政権交代後の二代、鳩山、菅政権が、それぞれ沖縄と福島の問題に正面衝突し、崩壊していったのは、はたして偶然だったのだろうか。そこには、生半な「政権交代」ぐらいではビクともしない戦後日本の国家システムがその露頭を現わし、私たち(それはだれのことだろう?)の生活が、だれかの犠牲から利益を上げるメカニズムのなかに組み込まれていることを、痛烈に思い知らせてくれたようにも思われるのだ。

 沖縄の米軍基地問題は、一九九五年、米兵による少女暴行事件をきっかけに日米安保体制を揺るがす事態に発展したが、その後再び、ヤマト(沖縄に対する日本)の日本人の意識から遠ざかり、ほとんど見えないものとなっていた。原発の問題性も、チェルノブイリ事故や東海村JCO事故があったにもかかわらず、大方の日本人にとっては、やはり見えないものとなっていたのではなかったか。しかし、鳩山政権下での普天間基地問題の展開、菅政権下での福島原発事故の発生によって、これらの問題が一挙に「見えるもの」となった。戦後日本における「犠牲のシステム」の存在、そして「戦後日本という犠牲のシステム」の存在が、可視化されたと言えるのではないか。もはやだれも「知らなかった」と言うことはできない。沖縄も福島も、中央政治の大問題となり、「国民的」規模で可視化されたのだから。

 本書では、福島と沖縄の問題について論じ尽くすことはもとより念頭にない。「犠牲のシステム」の概念を原理的に突きつめることも、本書の課題ではない。私はただ、福島と沖縄についての若干の考察を通じて、戦後日本国家における犠牲のシステムの存在に注意を喚起し、このような犠牲を回避するために何ができるかを考える、出発点をつくりたいと願っているだけである