人生には指針が必要なのだ。
若者たちは人生の指針を見失っているように見える。いまは生きていくのに思想や信条を必要としない時代だ。しかし一方、経済の停滞で就職口が少なく、職業選択の自由が大幅に制限されている。生きづらい時代にもかかわらず、人生航路の指針となる思考モデルが用意されていない。現代の若者にこそ、知的ツールとしての思考モデルが必要なのではないかとわたしは考える。
わたしと同世代の高齢者も、仕事が忙しすぎて目先のことしか見ない生活が長く続き、長期的な視野で人生について考えることがなくなっているのではないか。だから定年になった途端に目標を見失い、深い霧の中をあてどなくさまよい歩いている人が少なくないように思える。
わたしは過ぎた時代を回顧して懐かしむつもりはない。ただ実存と構造という思考モデルが、いかに役に立つかということを読者にお伝えしたいだけだ。
そのためにわたしは、難解な議論ではなく、なるべく具体的でわかりやすい話をするつもりだ。哲学や思想の解説をするのではなく、いくつかの文学作品を例にとりながら、人生のさまざまな局面で、実存および構造という思考モデルがいかに人を励まし、精神の支えになるかということを語りたい。
その中心となるのは、大江健三郎と中上健次の作品だ。この二人はまぎれもなく、二十世紀の日本文学を支える双璧といっていい作家であるし、実存と構造について語る場合に欠かすことのできない作品を残している。
その他、実存主義については、その思考モデルの提唱者であるジャン=ポール・サルトルについて語らないわけにはいかないし、文学作品としてはフランツ・カフカや、アルベール・カミュの作品について語ることになるだろう。構造主義については、クロード・レヴィ=ストロースについて語り、さらにガブリエル・ガルシア=マルケスなど南米文学の書き手についても言及することになるだろう。
従って本書を文学論として読んでいただいてもいいとわたしは考えている。
文学を読み解くためのツールとしても、実存と構造という概念は、貴重なキーワードになるはずである。
この本を契機に、さまざまな文学に親しみ、自身の人生の指針を確立していただければと期待しているが、こんな考え方もあるのかという、わかりやすく新鮮な思考モデルを語っていくつもりなので、気軽に読んでいただき、知的なエンターテインメントとして楽しんでいただければと思っている。