第一章 甦りの森(北海道苫小牧)

 まだ多少とも聞きなれない言葉だが、「都市林」、あるいは「都市近郊林」といった言い方をする。都市の近くにあって、都市生活者に欠かせない森。
「市民の森」なら、これまでも使われてきた。ところによって「県民の森」「都民の森」などと言ったりする。それとはちがうのか?
 大いにちがう。ときには、まるでちがう。ヨーロッパの都市を思い浮かべるとわかりやすいかもしれない。ウィーンの森、パリのブーローニュの森、いや、ほとんどが単に「森」と言われるだけ、それほどふんだんに都市の近郊には広大な森がある。ロンドンの駅を列車で出ると、およそ十分ばかりで早くも石ずくめの市街地から緑のなかに入っていく。はたして大ロンドンはどこへ消えたのか、いぶかしく思うほどだ。
 そのような森であって、土地のおあまりに施設をつくった「市民の森」でも、リュックサックと登山靴で出かけていく「県民の森」「都民の森」でもない。またその種の森には禁止事項を羅列した看板がやたらに立っているものだが、禁止事項なら市民生活にごまんとある。せめてその森にくると、日常生活につきものの規制といったものを忘れていられる。人間世界の約束ごとではなく、木や水や鳥の生理に従っているところ。
 北海道の苫小牧市に、とてもステキな都市林がある。室蘭工業地帯の中心にあたる町であり、産業都市の生活者には恵みの森というものだ。市街地のすぐ北にひろがっていて、面積二七一五ヘクタール、東京ドーム五八一個分。ミズナラ、シナ、ハリギリなどの落葉広葉樹、そこにエゾマツ、トドマツがまじり、森の中を川幅四メートルほどの幌内川が流れ、その枝川が点々と清流や池をつくっている。春には一面にキタコブシの白い花。
 室蘭工業地帯と聞けば、海岸の埋め立て地と、林立する煙突や工場群を連想するだろう。中心都市苫小牧は「王子製紙の城下町」と言われてきた。どしどし木を伐ってパルプにするのがショーバイの大製紙会社の本拠地である。誰もが殺伐として落ち着きのない町を思いえがく。わざわざ休みをとって出かけようとは決して思わない。
 ところが、まさにそこに豊かな森があるのだ。都市近郊林のあるべきスケールとたたずまいをもち、担うべき役割をきちんと果たしている。同じ北海道の旭川の動物園のことはよく知られているが、そこからまっすぐ南に下った海べりの植物帯のことを知る人は少ない。旭川の動物園は一人の園長が発案して、新しい考えのもとに旧来の動物園をあざやかにつくりかえた。その点は苫小牧のケースと二つのエンドウ豆のようによく似ている。ただ、動物は愛嬌者であって絶妙な宣伝役をやってくれるが、植物は黙って立っているだけ。それでも人が憩いを求めてやってくると、サワサワとやさしい葉音を送ってくる。