はじめに――なぜアメリカのオーケストラなのか?
オーケストラは、クラシック音楽の代名詞で、欧米だけでなく、アジアにも、イスラム圏にも広がる世界的な存在だ。クラシック音楽を聴かない人でも、オーケストラがどんなものかを多くの人が知っており、その活動をイメージできる。中には、オーケストラという名称を派生的に使って、ロックや民族音楽の演奏をするような例もある。
これだけの広がりがあり、クラシック音楽が十六世紀ルネサンス期にまで遡れる程の歴史を持つことから、オーケストラはさぞ古いものだと感じてしまう人は多い。しかし、現在我々がイメージするオーケストラの姿は、それほど昔に形成されたものではない。これが十九世紀の産物であることを知る人は余り多くない。
また、その形成過程で、アメリカがドイツをはじめとする西欧諸国同様に、重要な役割を担ったことを知る人はほとんどいない。
日本では、アメリカはクラシック音楽の後進国で、伝統のない国だと思われている。確かに、現在頻繁に演奏されるクラシック音楽のレパートリーのほとんどは、ヨーロッパの作曲家の手によるものだ。しかし、そのレパートリーの形成でも、アメリカのオーケストラが果たした役割は小さくなく、特に十九世紀後半以降のレパートリーが形成される上では重要な働きをした。
十九世紀末、チャイコフスキーやドヴォルザークは、ヨーロッパ以上にアメリカで認められ、繰り返し演奏されて人気が確定した。ドヴォルザークの代表作、交響曲第九番《新世界より》はアメリカで作曲されたものだ。ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ラフマニノフ、マーラーなどは、アメリカでレパートリーとして定着して世界へ広まっただけでなく、その作品の中には作風にアメリカ文化の影響が表れているものも少なくない。
そこで、本書は、これまで余り知られてこなかったアメリカのオーケストラの形成過程を繙きながら、どのようにアメリカが近代オーケストラの形成に貢献したかを紹介する。特に、今日知られているアメリカの代表的なオーケストラや、アメリカで活躍した大指揮者たちの活動に焦点を当てることで、アメリカのオーケストラ史そのものが、起伏に富み、知るほどに興味深い存在であることを示したい。