はじめに
「石の上にも三年」という諺を久しぶりに耳にしたのは、就職先に思い悩む女子学生が、すでに社会でキャリアを積んできた卒業生より助言を授かっているときのことであった。
「どんな仕事でも三年はやってみないと何もわからないわよ。『石の上にも三年』って言うでしょう」
その響きの明朗さに、先輩卒業生の仕事ぶりが垣間見えるようであったのだが、傍らで聞いていた私は、坐禅の瞑想に起源をもつこの諺が、いまの若い人にもそれなりに説得力をもつことを、そのときに確認したような気がしていた。「石の上」で何をしたのかは、言うまでもない。只管坐って瞑想を組むのである。
実際のところ坐禅の修行は石に坐って行うことはなく、尻の下にはぶ厚い座蒲を敷いて行われるのだが、言葉のもつ力というのは不思議なもので、現実世界とは多少のズレがあったとしても、諺の真意は何となくからだの中へとインプットされて、ときに人の背中を強く押すことがある。
外来宗教のなかでも日本文化にことさら縁の深い禅宗は、菩提達磨にはじまるとされる。九年間、壁に向かって坐り続けたというダルマさんは、いまだに心願成就の定番キャラクターとして、日本人の心の深層に何らかの信心を与え続けているようだ。その只管坐り続ける修行から開かれてきた世界というのは、いったいどのようなものであったのだろう。
「ダルマ」というのは、もともとはインドの言葉で、万物の「摂理」とか、人の踏み行うべき「道」のことを意味している。つまり自然のなかにも、人間のなかにも、同じように存在する秩序あるはたらきが「法」であって、その真実を見極め、体得するための根本に、ダルマさんはまず「坐る」ということを自らに課したわけである。
「坐る姿勢」の大事であることを語るとき、日本ではいまだに多くの人から共感を得ることができる。こうした感覚も、古代・中世の昔から培われてきた文化伝統の賜物であると私は思うのだが、その一方で、子どもたちの姿勢の崩れに思い悩む親御さんや教育関係者からの懸念の声も、事あるごとに聞こえてくる。
「坐り方」をはじめ、立居振舞いの技術については『からだのメソッド』(バジリコ)や『美しい日本の身体』(ちくま新書)などの書物で筆者なりの考え方を示してきた。「坐」が整うことによってもたらされる効用については、健康や美容、身体の勁さ、などが目に見えて現れてはくる。しかし、釈迦をはじめ、達磨や日本の空海、最澄、道元などの高僧たちが、只管坐り続ける修行をしてきたことの根本には、そうした現世利益とは別次元の理由があったはずである。
床坐の習慣が失われてからというもの、古代の開悟者たちが伝え続けてきた「坐」に対する見識や、そこを原点にして組み立てられてきた言葉や空間、道具などにも込められた「道理」の由縁が、まったく見えなくなってしまった現実が、目の前に広がっている。
歴史を振り返ると、日本人は「坐る」ということに強いこだわりをもって自分たちの文化を築き上げてきた。食事の作法や挨拶の仕方、襖や障子の開け閉てや人と交わる距離のとり方など、かつては日常のあらゆる場面で、「坐」を中心とした振舞いの形が、からだの自然を整えるような配慮のなかで秩序立てられていた。伝統的な衣服や建築、調度などの道具についても、その使用法に着目すると、床坐文化に独特の美しい様式が、身体技法との密接なかかわりのなかで保たれてきたことがわかる。
「坐」の周辺に広がる世界は、日本文化のあらゆる場面に及んでいる。「坐り方」から歴史を掘り下げてみると、たとえば「正坐」を正しい基準とする現代の常識からは、想像もつかないような日本文化の姿がみえてくる。「坐る」というシンプルな動作によって、古来日本人は何を伝え継いできたのか、まずは腰を落ち着けて、じっくりみていくことにしよう。