国家事業の民間委託
そしてこの興味をヨーロッパの近世に向けてみる。
中世後期から近世初期にかけてヨーロッパには近代的国家概念ができ上がってきたが、その国家機構は驚くほどコストのかからない組織であった。国家事業は民間へ丸投げするというのが当時の常識であった。徴税請負制度、傭兵制度などはその典型であった。なにしろ国家の大事である徴税と戦争までも民間に委託するのである。あとは推して知るべしであろう。それゆえ、これらの国家事業の末端で働く者は官により手厚く保護されている今の公務員からは程遠い単なる零細民にすぎず、お話にならない端金でこき使われていたのである。
例えば戦争企業家である傭兵隊長に雇われた兵士は驚くほどの低賃金で命のやりとりをさせられ、おまけに給料の遅配などは日常茶飯事であった。兵士たちはどこかで穴埋めしなければならない。それが悪名高い、傭兵たちの、主として農村部への日常的略奪であった。
それでは警察機構はどうであったのか?警察組織の末端に生息する連中もまたお定まりの低賃金に喘いでいたはずである。それでは彼らはどうやって糊口をしのいでいたのか。
江戸との比較から見てもこれは大変興味深いものがある。そして実はこの興味をずっと辿っていけば近代警察の誕生の仕組みが見えてくるのではないのか、というのが本書の狙いである。
それにはやはり近世の都市警察の様子を見るに如くはないのだ。なぜなら、近代警察の誕生とそれ以前の「警察」との分水嶺は近世都市にあったからである。つまり「都市が公的な権利と義務を負う近代的国家概念のさきがけとなったように、警察活動に対する国家的関与も都市から始まった」(クルト・メルヒャー『警察の歴史』)というわけである。
しかし、物事の順序として、そうした近代警察に至るまでの「警察」の歴史をざっとさらっておくことが必要である。まずは古代オリエントに話はさかのぼり、ギリシャ、ローマ、中世と進むことにしよう。道案内は先に引いた『警察の歴史』に頼むことにしよう。