ある電線についてのデータ
 次ページの図1をご覧いただきたい。これは自動車に、ある電線を使用した簡単な装置を取りつけたときの排気ガスの成分を、米国の検査会社オートモーティブ・テスティング&デベロップメント・サービス(ATDS)で分析してもらった結果だ。車はアメリカの顔ともいえるF社製、年式は二〇〇〇年。表にあるTHCとはトータル・ハイドロカーボン。日本語では「全炭化水素」というが、自動車業界でよくHC(炭化水素)と呼ばれている物質と、その他の同種の物質の量を合算したもので、要するに燃焼できなかった燃料の残りカスである。COは一酸化炭素、NOxは窒素酸化物で、いずれも自動車のエンジンから排出される大気汚染の原因物質だ。
 そしてこの表は、取りつけが簡単で、違法改造にはあたらない、たったひとつの装置を追加することによって、そのすべてが減少していることを表しているのである。
 さらに、次の図2を見てほしい。同じ装置を取りつけた自動車のエンジンの燃料消費率、つまり燃費がどのように変化したかを表したものである。それぞれ名前を言えば誰もが知っているような、おなじみのメーカーの、よく知られた車種でのテスト結果だ。ただし、これは図1のような検査会社ではなく、私の友人知人約二〇〇名以上の協力を得て、自家用車に装置を取りつけ、約一ヵ月間のガソリン消費量と走行距離を記録してもらった草の根的な活動にもとづくデータである。
 私的なデータではあるが、これだけの数の人が試してみて、あらゆるメーカーのさまざまな車種で燃費が改善されたのである。平均約一〇パーセントの改善の手ごたえはあった。
 しかもこれは、新車に装置を取りつけた、という話ではない。年式の古い車が混じっていることからもわかるように、すでに何年も使用されてきた自動車を使用してテストしているのである。
 そして、この結果をもたらしたのはたった一個のごく簡単な装置である。しかも、装置といっても、その本質は一本の電線にすぎないのだ。
 
一介のオーディオ屋
 電線一本で、自動車の性能を画期的に改善する技術。それが本書のテーマである。しかし実は、わたしは自動車の専門家でもなければ、電線の研究者でもない。一介のオーディオ屋なのだ。
「オーディオ」とは、もちろん音響機器、音楽を聞くためのスピーカーやアンプのことである。携帯型音楽プレーヤーやラジカセもその一種で、これらを使っている人は多いだろう。しかし、やはり本格的なオーディオといえば、オーディオセットのことになる。再生機、アンプ、スピーカーからなるシステムだ。もし、あなたがメーカー製のセットを購入しているとしたら、世間一般の平均的な人よりもかなり音楽好きの部類に入るだろう。
 さらに、世間にはわたしを含めて、「オーディオマニア」なる人々がいる。お仕着せのセットでは飽き足らず、自分の好みの音を求めて、機器の組み合わせを変えたり、ケーブルを替えたりする。さらにはアンプの外装を開けて、回路をいじってみたりする。コンデンサなどの部品を替え、果てはハンダ付けをきれいにはがして、別の素材で付け直したりする。
 わたしはこのオーディオマニアの世界で、改造の腕を認められ、オーディオの修理・改良を専門とする小さな会社を経営している。おかげさまで顧客は全国にいて、幸いなことに、マニアのなかでは一目おかれる存在だと自負している。
 さて、この世界には大変おおらかな面と、非常に厳格な面がある。
 やれ企業秘密だ特許だといいがちな製造業にあって、オーディオメーカーは比較的、腕の立つマニアの改造を黙認してくれているのだ。逆に成果のあがった改造は、積極的に製品に取り込んでいく。
 有名なM社は九〇年代、経営が悪化し倒産寸前だったが、わたしが試したアンプの外箱の内面に銅板を貼る工夫を取り入れ、危機を免れたと、あとでM社の技術者が話してくれた。
 このようにメーカーの技術者とアマチュアであるマニアの垣根も低く、交流が盛んだ。そこでは学歴も、企業や研究機関の肩書きも関係ない。
 一方で、この世界での評価基準はただひとつだ。「再生される音楽が素晴らしいかどうか」、この一点である。これは非常に厳しいことで、マニアでなくとも本当に音楽が好きな人なら、ふたつのオーディオセットのどちらがいい音を出しているかわかってしまう。
 いいものはいい。悪いものは悪い。単純明快な評価のなかでわたしたちは日々切磋琢磨している。  
オーディオから生まれた新しい電線
 そんなオーディオの世界にいるわたしが、なぜ電線の技術に到達したのだろう。
 実はオーディオマニアが、以前から注目し試行錯誤してきたのが、スピーカーケーブルの材質なのだ。  日常、わたしたちが使っているほとんどの電線、つまりケーブルは、銅でできている。スピーカーケーブルもまた然り。銅は電気抵抗が低く、やわらかくて加工がしやすいうえ、安定していて空気中の物質によって酸化されることも少ない。そこで電線業界は銅にこだわり、まず銅線の純度を上げることに注力してきた。
 一時期、テンナイン、イレブンナインなどという言葉がオーディオマニアの間で流行した。これは、たとえばテンナインなら「九九・九九九九九九九九パーセント」の純度の銅線という意味だ。金属には、精錬法によってさまざまな不純物が混じる。不純物は電気伝導を妨げるので、純度が高いほど伝導率の高い電線だろうということになる。
 だが小数点以下八位と九位の差などというものは、実際にはほとんど聞き分けられない。音で評価するオーディオの世界では、もはや小数点以下をいくら追究しても、無意味なレベルになってきた。コストばかりがかさみ、成果はどんどん小さくなる。銅のケーブルの改良は、行き詰まりをみせていた。何かこの閉塞感を打ち破ってくれるものはないのか。
 そこでわたしは今から二〇年ほど前の一九八九年、知り合いの半導体メーカーに頼み込んで、以前から気になっていた別の素材でスピーカーケーブルを作ってもらった。
 その素材とは、銀である。
 銀は延性・展性には富むので、薄い膜にしたり、引っ張って延ばすことはできる。しかし細長い線となると加工が難しく、電線に仕上げても曲げるとすぐに折れてしまう。また空気中の硫化水素と反応してすぐに錆びる。
 だから、当時は既存の商品を探しても、使い勝手のよい銀のケーブルが見つからなかった。驚いたことに、そもそもオーディオ用に限らず、銀の電線というものは量産されていなかったのだ。
 しかし、オーディオマニアの世界ではいろいろなことに挑戦する人もいるもので、以前から「金はキンキン、銀はギンギン、銅は堂々とした音がする」といわれていた。
 金はやわらかく、安定していて空気中の物質との反応性も低いので、以前から金のケーブルは高級品として存在していた。しかしわたしは、価格の高すぎる金ではなく、まだ試していなかった銀でケーブルを作ってみようと思ったのだ。
 工夫を重ね、ついに試作品ができ上がって試してみると、実に澄んだ、オーケストラの楽器ひとつひとつが聞き分けられるような素晴らしい音質になった。これはいいものができた、と喜んだのだが、すぐに、さらに驚くべき発見をすることになったのだ。
 
自動車と銀の電線
 銀の電線を自作する一〇年ほど前から、あるちょっとしたきっかけで、わたしは自分の自動車の回路を、違法改造にならない範囲で改良するようになっていた。実際、ヘッドライトの配線の取り回し方を変えると、光量が格段にアップしたりする。
 自動車では、エンジンの点火装置や、コントロールユニットと呼ばれる制御用コンピュータを含む電装部品の回路に、共通の特徴がある。
 まず、回路をイメージしてみてほしい。
 みなさんも小学校のとき、電池に豆電球をつないで点灯させた記憶があると思う。豆電球のソケットから出ている二本の電線の一方だけを電池の一端に押しつけても電球はつかない。電池のプラスとマイナス、それぞれに電線をつなぐ必要がある。「回路」とは、読んで字のごとく「一周回る路」という意味で、電源から装置(負荷)を通って、電源に帰る一周の道筋が整わないと電流は流れないのだ。
 さて、自動車ではこの道筋はどうなっているのか。
 実は、バッテリから部品に流れる電流は、部品から出てバッテリに帰るまでの経路で、なんと車体の鉄板を通される。粗っぽくいえば、自動車の電装回路というのは、電線がはられているのは半分で、あとは車体を使っているのだ。これをボディアースという。そもそも全体が鉄の箱なのだから、それを使えば帰りの電線のコストは節約できる。そういう発想なのである。
 ところがわれわれ電気信号を扱う繊細な回路に慣れた人間から見ると、これはとんでもないことなのだ。詳細は後の章で述べるが、イメージしてみてほしい。スピーカーケーブルがただの針金でいいだろうか?それならマニアたちはなんのために素材選びに血道をあげてきたというのか!
 そこでわたしが自分の車に試そうとした改造は実に簡単なことで、エンジンからバッテリに帰る電流の道筋(電源に帰る道筋をアース配線という)に、きちんと電線をはってやろうというのだ。
 それが、たまたま銀の電線だった。配線を終え、エンジンをかけてみた。すると、このアース線の増設で、エンジンの反応は格段に良くなっていたのである。