『扉をたたく人』
主人公は初老の白人大学教授ウォルター。愛妻に先立たれ、仕事の情熱も失った保守的な頑固者である。久々にニューヨークにある別宅に来ると、見知らぬ移民のカップルがいた。それがシリア出身のジャンベ(アフリカン・ドラム)奏者タレクとの出会いだった。
寂しさまぎれにジャンベを習ううちに、心が高揚し友情が芽生える。タレクの仲間らと一緒に公園でジャンベを演奏するシーンの秀逸さ!だが地下鉄で起きたささいなトラブルで警官にとがめられたとき、タレクは「不法滞在」が発覚して逮捕される。ウォルターは彼を救い出すために必死の努力をするが、法の扉は閉ざされたままだった……。
二〇〇八年にわずか四館で封切られた小規模映画はやがて全米二七〇館にまで拡大上映された(二〇〇九年日本公開)。アメリカが抱える移民問題に一石を投じたテーマがさざ波のごとく胸に迫る。ウォルターを演じたリチャード・ジェンキンスがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされるなど各国で絶賛を浴びた。
この作品に描かれた真実は決して対岸の火事ではない。いまや日本の至る所で起きている現実である。
現在、日本には二二二万人の外国人が居住している。かつて在日外国人問題といえば在日韓国・朝鮮人問題とほとんど同義語だった。しかし一九九〇年代以後、中南米の日系人や中国人などが激増し、今後も外国人は着実に増え続けるだろう。
非正規滞在の人々は、いつ逮捕され強制送還されるか知れない恐怖におののきながら日々を送っている。いや、正規滞在の人々も「日本人でない」という理由だけで様々な人権の制約を受けている。
問題の深刻度の差はあれ、ニューカマーもオールドカマーも日本社会の扉をたたき続けている。が、その音は必ずしもマジョリティーの心に届いていない。
在日外国人問題は一〇〇年にわたる歴史があって今日に至っている。そして確実に未来へと継承されていくが、進展する現実に対応すべきシステムが整えられなければ矛盾が広がるばかりである。
扉は内からも外からもたたかれ続けている。その音に真摯に耳を傾ければ、ウォルターのように閉ざされた心も開かれていくだろう。国籍や人種・民族の違いを超えて共生する社会の大切さに気付くことだろう。