慢性的に腰痛に悩まされている人は、必ずといって良いほど腰痛になるような暮らし方をしています。腰に過大な負荷を強いる前傾姿勢か、背中を丸めた姿勢で日々を過ごしているのに、本人はそのことに全く気づいていません。

 私の家は、筋金入りの〝腰痛家系〟でした。
 父は仕事が忙しくなるたびに、決まって持病の腰痛に見舞われ、最短でも1週間は家の中を這い回る羽目に。兄も中学2年の時に重たい物を持ち上げようとして腰を傷めて以来、日常生活に支障が出るほどの腰痛に悩まされていました。
 腰痛は、見た目に出血や腫脹(腫れ)があるわけでも、命にかかわる疾病でもないため、他人にその辛さが伝わりにくいものです。初めのうちこそ周囲の理解と同情を得ることができますが、症状が長期化したり、頻繁に再発したりするようになると、「腰痛程度で大げさな」というような目で見られ、段々と周囲から孤立していくことになるのです。
 私も自身で腰痛を経験するまでは、父と兄の苦しんでいる姿を目にして、そのつらさは理解していたつもりでも、「何でそんなに痛いの?」と怪訝に思っている面がありました。

 そんな私も重度の腰痛症で、プロサッカー選手を引退することになりました。
 19歳の時、ゴールキーパーの練習中に無理な体勢でボールに反応した瞬間、腰から足にかけて衝撃が走り、その場に倒れ込んだまま全く動けなくなったのです。いわゆるギックリ腰でした。ちょっとした動作でも腰に激痛が走るため、スパイクを脱ぐことはおろか、まともに息を吸うこともできません。シャワーを浴び、帰り支度を終えるまでに2時間以上かかりました。
 普通の練習に復帰するまでに約1か月を要しましたが、その後も1年間で6回もギックリ腰を患ったのです。
 ギックリ腰になるのは、激しく動いた時や重たい物を持ち上げた時だけではありません。テーブルの上のコップを取ろうとしたり、床に置いたバッグを取ろうと屈んだりという、何でもない日常の動作中にも起きるのです。
 少しでも腰の筋肉の緊張を和らげようと、医師やトレーナーから勧められたメニューをこなし、苦手なサウナと長時間の入浴にも励みました。しかし、サウナで十分に体を温め、テーブル上のドライヤーに手を伸ばした瞬間に、またギックリ腰をやってしまい、それまでの努力をふいにしてしまうのです。ゴールキーパーは走り回って体力を消耗しない代わりに、普段の練習では「365日半殺し」と言われるほど激しいメニューを課せられます。その練習には耐えられるのに、なぜ日常の動作でギックリ腰を再発させてしまうのか。当時の私には全く理解ができませんでした。
 どこかにこの痛みから解放してくれる医師や治療家はいないかと10か所以上の医療機関に行きましたが、「腰痛症の権威」とは、優秀な外科医を指しているのであって、メスや薬物によらずに治せる「権威」のことではありませんでした。大抵の医師は、患部に触れることも動かすこともせず、画像検査の所見だけで診断し、痛みに対しては、頻繁に痛み止めのブロック注射を打ち、消炎鎮痛剤と筋弛緩剤で抑え込もうとしました。
「なぜ腰痛になるのか?」「どうすれば再発を防げるのか?」と質問をしても、「椎間板が変形しているから」「関節が変形しているから」と、原因を全て構造的な変形のせいにするばかりで、そもそも腰痛症になるきっかけを具体的に説明してくれる医師には出会えませんでした。結局、いつまでたっても腰部の強張りと右足が抜け落ちるような感覚は消えず、それを乗り越えて現役を続行するだけの情熱を失い、22歳で引退しました。

 引退してまもなくは、社会人として一から勉強しようと、サッカー関係の仕事に就くことを避け、現金輸送から始めてパチンコ店の店員、清掃員、ホテルの配膳係、土木作業員、弁当のデリバリー、クラブの用心棒などなど、2年間で10種類以上の仕事に就きましたが、腰痛はつきまといました。仕事に慣れてきた頃には、決まって腰痛が再発して、1つの職場に長く勤めることができませんでした。
 そんな悶々とした日々を過ごした後に、運命的な出会いが訪れました。青山のスポーツクラブでインストラクターとして働くことになり、そこでアメリカ人のパーソナルトレーナー、ジェフライベングッド氏と知り合ったのです。
 ジェフは、世界的に有名なポールチェック氏が創設した研究所において、キネシオロジスト(矯正運動療法士)の資格を取得していました。腰痛症の最新ガイドラインをベースにしたチェック氏の「矯正運動プログラム」は、高い評価を受けています。日頃からジェフは、「腰痛症の90%以上は、筋肉や筋膜、靭帯などの関節周辺の軟部組織(身体の骨以外の組織)の機能低下が原因であって、関節や椎間板などの構造的な変形がもとになっているケースは10%に満たない。つまり、手術や薬物療法では解決できないケースがほとんどだ」と口にしていました。
 また、腰痛は1回の大きな負担によって起こるのではなく、長年の不良姿勢と不適切な屈み動作の繰り返しにより、腰部の組織に微細なダメージが蓄積した結果だと説明してくれました。つまり、多くの場合、腰痛を自覚した瞬間の動作は「きっかけ」にすぎず、それよりもずっと前から腰痛の黄色信号が点滅していたのに、それに気づかなかっただけだと言うのです。
 ジェフは腰に過度な負担がかかっている要因を、患者のライフスタイルから特定するために、仕事の内容や作業姿勢、動作フォーム、運動歴、既傷歴や既往症の聞き取りに十分な時間をかけます。そして、姿勢分析を行って「体の設計図」を描き出し、それによって得た骨格の歪み具合のデータとヒアリングで得た情報をリンクさせて、腰痛を患った本質的な原因を患者に詳しく説明します。このヒアリングと身体のチェックに2時間以上の時間がかけられていました。
 このように日常生活と関連づけて「腰痛症の入口=原因」を説明することによって、何が腰部に持続的な負担を強いていたのかを患者に気づかせ、「腰に負担をかけるような姿勢や動作を避けていれば、次第に症状が緩和して『腰痛症の出口』が見えてくるはずだ」という自信をつけさせるのです。
 実際にジェフのアドバイスに従って、普段の姿勢や屈む動作、腹圧のコントロール(インナーコルセット)などをマスターして以降、全くと言っていいほど腰が痛くなることはありませんし、痛みが出そうな時もすぐに自分で対処できるようになりました。そして、ジェフの傍で矯正運動プログラムを1年間学んで、腰痛症に対する我が国の医療機関やフィットネス業界のアプローチは、欧米諸国と比べて大きく遅れていることも知りました。「もし現役時代にジェフに巡り合っていたら……」と心底悔んだと同時に、欧米の研究機関で効果が立証されている、腰痛のガイドラインと改善プログラムを普及させれば、再発を繰り返している多くの腰痛症患者を助けられると確信したのです。
 ジェフのもとから独立した後の2年間は、朝7時から深夜1時まで折りたたみのベッドを担いで関東全域を駆けずり回ってセッションをしながら、骨、関節、骨格筋など運動器の疾患を機能面や物理的な観点から分析している医学書を片っ端から読んで頭に叩き込みました。そして多くの方々に支えられて、2002年に、東京・代官山で腰痛症に特化したクリニックを開業することになったのです。
 以来今日まで、慢性の腰痛症患者をメインに、延べ1万3000回を超えるセッションを実施してきましたが、腰痛を根絶するには、除痛だけを目的とした小手先の治療に頼るよりも、患者自身に腰痛をマネージメントし、コントロールする知識とスキルを体得してもらう方が、ずっと効果が持続し有効であると思うようになりました。
 本書のタイトルである「腰痛はアタマで治す」の「頭」は、腰痛をマネージメントする知識と、頭の位置をコントロールすることが腰痛を根治する鍵になることを意味しています。読んでくださった方が、腰痛を自分の力でマネージメントできるようになれば、これ以上の喜びはありません。