●はじめに
「現代アート」とは一体何でしょうか?
冒頭から大上段に構えた話をするつもりもありませんが、この問いに一言で明確に答えるのは難しいと思います。もちろん正解はありません。と言うより回答者の数だけ正解があると言った方がよいかもしれません。
私ならばこう答えます。「人々がお互いの違いを認識し、共存していくためのヒントまたはツール」であると。
現代アートには、アーティストが自らの生まれ、育った国または地域の文化や歴史、宗教、政治、風俗等と、他者あるいは世界との関係性が様々な形で表されています。
テーマを真正面から捉えたインスタレーション(空間芸術)作品もあれば、一見スナップと見間違えるほど、さりげなく街や人々を撮った写真作品まで、訴求、表現方法は多種多様です。
第三章の「アート作品は“品”か? “紙一枚”の大作」の中でも詳しく触れますが、力のある優れた現代アート作品は、ただ美しいだけではありません。そこにはアーティストのアイディアと、作品完成に至るまで影響を与え続けたバックグラウンドである、前述のような様々なファクターが織り込まれています。
私達は作品を見る時、それらを意識的、または無意識に自己と比較することで差異や共通点を認識します。そしてテレビや新聞からだけでは学べない、多くのことに出会うのです。
リーマンショック以降、世界中が一〇〇年に一度の大恐慌に入ったといわれています。
それまでは、中国や韓国を中心としたアジア諸国まで巻き込んで、かつてないほど過熱の一途を辿っていた現代アート市場も、元気を失ったままで未だ回復というにはほど遠い状況です。
一種のバブルとでも呼べるような時期には、現代アートの体裁を装いながらも、実は最も大切なアイディアやメッセージ、バックグラウンドとしてのファクターが抜け落ちた「仏作って魂入れず」的な現在アート作品が、驚くほど高額な価格で流通していましたが、最近はゆっくりではありますが淘汰が進んでいるように思われます。同時にお金にものをいわす、玉石混淆の底引き網的コレクション方法も、あまり聞かれなくなりました。
心あるコレクター、あるいは以前から現代アートに興味があったけれど、コレクションへの一歩が踏み出せなかった方々にとって、今ほど適正な価格で、優れた作品を手に入れるチャンスはないでしょう。
世界的に株価が大暴落した二〇〇八年一〇月、米国で最も著名な投資家ウォーレンバフェット氏は「ニューヨークタイムズ」紙に「Buy American. I am」(アメリカ株を買うべきだ。私はそうしている)というタイトルで寄稿しています。曰く「短期にこれらの(優良なアメリカ企業の)株式がどうなるか、それはわからない。しかし、長期的に一〇年単位のスパンで見れば、アメリカの成長を確信している」。
優れた現代アート作品にも全く同じことがいえます。しかも一〇年どころか一〇〇年後には、ヨハネスフェルメールやパブロピカソの作品のようなマスターピースになっているかもしれません。
だから私も声高らかに言いましょう。
今こそ、「現代アートを買おう!」と。
ところで、アートコレクションに対して、世間で大きく誤解されていることがあります。それはお金持ちでなければコレクション出来ない、楽しめないというものです。
確かにお金はあった方がよいし、素晴らしいコレクションを形成するためにはお金が必要です。しかしお金だけでも良いコレクションはつくれません。最も大切なことは情熱や、心からの理解、共感、そして愛情だと私は思っています。
かくいう私も普通のサラリーマンであり、世間一般と比較して高額な給与を得ているわけでも、勤務先の株式上場で大金を手に入れたわけでも、家が裕福で財産や遺産があるわけでもありません。それでも支払いに苦労しながら、楽しく現代アートをコレクションしています。
ITの世界では「エバンジェリスト」という職種が、主に外資系企業を中心に存在しています。本来は伝道者という意味ですが、転じて自社のサービスや製品の素晴らしさを啓発することを目的とした役職であるといわれています。
この本では、私の約一五年間にわたるコレクター生活から得た、様々なノウハウを、今思い出しても嬉しい出来事や、悔しい失敗といった実際のエピソードを交えながら、誰にでも理解出来るようにわかりやすくお話しするつもりです。
コレクションをはじめた当初、周りには頼りになる先輩もおらず、家族からの理解もなかったため、随分と回り道をしました。しかし、コレクションを通じて広まり深まる世の中への関心と、魅力的な人々との交流に支えられ、今に至るまで楽しく続けています。
気軽に現代アートを楽しみ、共に生活することで理解を深めてもらいたい。そして、その素晴らしさを一人でも多くの方と分かち合いたいと思っています。そのために現代アートのエバンジェリストとなり、コレクション開始のハードルを少しでも低くするお手伝いをしたいと考え、今回筆をとりました。
さあ、一緒にあなただけの一点を見つけにいきましょう。