●はじめに
 日本各地でSLが大人気である。長引く不況の影響で手軽な国内旅行が見直されていることもあるが、三〇年以上も前に引退したSLで運行される観光列車は、何カ月も前から予約しないと切符が取れないほどの盛況ぶりだ。この人気に目をつけた鉄道会社は、各地の路線で復活を計画している。
 一方、かつて使われていたインフラを「産業遺産」として見直す動きも各地で活発だ。工場、橋、倉庫、鉄道など、実用一点張りでしかなかったはずの建築物に歴史的、芸術的価値を見出し、新たな観光名所として位置づける試みである。二〇〇七年に島根県の石見銀山がユネスコの世界遺産に登録されてからにわかに注目が集まり、群馬県の旧富岡製糸工場や長崎県の軍艦島など、登録リストへのアップを待ち望む産業遺産も控えている。
 ヨーロッパでは、以前から産業遺産の保存に積極的な国が多かった。特にイギリスは、一八世紀に世界で初めて産業革命を成し遂げたというプライドもあり、産業遺産を観光産業の要に置いている。とりわけ、他国に先駆けて発明、実用化した鉄道については、古くなった機関車、駅舎、そして線路までもが大切に保存されている。
 イギリスで鉄道、とくれば、「機関車トーマス」を頭に思い浮かべる人は少なくないであろう。いたずらっ子、意地悪な奴、気難し屋、威張りん坊など、人間顔負けの性格達者な機関車たちが繰り広げるストーリーには、子供だけでなく、大人にも根強いファンが多い。日本にも『きかんしゃやえもん』(阿川弘之、一九五九)に代表される、機関車を擬人化した物語があるにはあるが、機関車トーマスほど多くのエピソードを持ち、しかも幅広い読者を獲得している物語は、世界のどこを探しても存在しない。
 筆者は、イギリスにおいて鉄道の産業遺産である「鉄道遺産」を取材する中で、機関車トーマスの存在を知ることとなった。歴史上に実在し、現在に至る鉄道遺産と、主として子供を対象にした鉄道の絵本。ほとんど無関係のようにもみえる両者の間には、実は浅からぬ関係が存在していることが、取材を進めながら明らかになっていった。