こうして、筆者自身もこの騒動の「当事者」(=被害者)であることが判明してしまったのであった。
 しかも、グーグルの作成した「リスト」は、筆者の著作権にも関わる重大な過ちを犯していた。
 表の上から五番目にある拙著『敦賀湾原発銀座[悪性リンパ腫]多発地帯の恐怖』(技術と人間刊、一九九七年)は、一九九四年に『週刊プレイボーイ』で連載し、大反響を巻き起こした同タイトルのルポ記事に、大幅加筆をしたうえで出版したものである。ところが、見ず知らずの方のお名前がなぜか「共著者」(=著作権者)として挙げられているのだ(○で囲んだ部分)。間違えて名前を出された方にしても、迷惑千万な話だと思う。
 が、ここで筆者はあることにハタと気づく。もしかするとグーグルは、怒って訂正を要求してくる著作権者の行動をまんまと利用し、不完全な彼らの「著作権者データベース」を完全なものに修正しようと企んでいるのではないか……。
 背筋に悪寒が走った。グーグルには世界中から秀才たちが集結しているとも聞くが、この推理が正しければ、もはや頭がいいのを通り越し、狡猾でさえある。なんにせよ、迂闊に彼らの「仕掛け」に近づくことは、危険極まりないことであるように思えてきた。
 とはいえ、筆者がコトの概要を把握した二〇〇九年三月末の時点で、意思表明の期限まではあと一か月を残すのみだった。判断を下すにしても行動を起こすにしても、その材料となる情報があまりにも少なすぎる。焦りが増していくなか、時間だけが経過し、五月五日の「期限」が刻々と迫ってくる。
 そして、世間がゴールデンウィークの喧騒に包まれるなか、筆者はついに体調を崩す。ストレスで胃を痛め、トイレで吐いた。

「自由の国」で上がった〝反撃の狼煙〟

 こうしたグーグルの「流儀」に対し、我が国で誰も異を唱えなかったわけではない。四月中旬以降、日本文藝家協会、日本ビジュアル著作権協会、日本ペンクラブが相次いで和解提案に対する疑義を表明。なかには、さらに一歩踏み出し、「和解拒否」を宣言する作家も現れる。しかし、筆者はそれらの協会や団体のいずれにも所属していなかった。一介の貧乏ルポライターに、いったい何ができるというのだろう。
 朗報はそんな最中、もたらされた。
「五月五日」とされた意思表明の期限が、二〇〇九年の九月四日まで、四か月間も延期されたのである。
 日本のメディアはこの「期限延期」について、まるでグーグルが日本の著作権者に?情け?をかけてくれたかのように報じた。グーグル自身、公式ブログでこう語る。
「すべての権利保有者(著作権者)には、和解について考える十分な時間があるべきであり、それは権利保有者の権利でもあると思う。そのため、我々は裁判所に対し、期日の六〇日間(二か月間)の延期を求めた」(原文は英語。筆者訳。太字は筆者。以下同)
 あれ? グーグルが求めた延期期間は「二か月間」のはずなのに、それがなぜ倍の四か月間もの延期になったのだろうか?
 その疑問に答えてくれるような報道は、いつまで経っても現れない。仕方がないので米国内の報道に目を凝らしてみる。
「和解を監督しているニューヨークの米国連邦地方裁判所のデニーチン判事は二八日、作家が和解への参加を拒否するか、そして他の関係者が和解案に反対したり声明を出したりするかどうかの期限を五月五日から四か月間延期した。この決定は、和解案の検討にもっと時間が欲しいという作家団体および作家の相続人の要望に沿ったものである」(『ニューヨークタイムズ』二〇〇九年四月二九日)
 日本で語られている話とはまったく違うではないか。しかも、『怒りの葡萄』や『エデンの東』で知られる作家、ジョンスタインベックの遺族までがグーグルに反旗を翻していた。
「(地方裁判所判事の)チン氏は、ジョンスタインベックの著作権継承者を含む複数の著作者たちの代理人であるニューヨークの弁護士事務所や、カリフォルニア大学バークレー法科大学院の教授たちから、著作者が一三四ページにわたる難解な文書の和解案を理解するための時間を与えるよう請願されていた。大学の教授たちを代表して請願書を作成したパメラサミュエルソン教授は、『私は弁護士ですが、この和解協定を進めるのは非常に難しいと思う』と述べた」(『ロサンゼルスタイムズ』二〇〇九年四月二八日)
「期限の延期を強く推した一人であるゲイルナイトスタインベック(ジョンスタインベックの遺族)は、延期によって誰もが『この和解協定内容が真に意味しているものをじっくり吟味する』時間ができると語った。(中略)
(グーグルとの和解案に合意した)米国作家組合の事務局長であるポールアイケンは、四か月の期限延長をあまり気にとめていない。彼は、『私たちはもっと短期間の延期を希望していた。なんとしても次のステージに進みたいと思っているので』『驚くようなことは何もない。この合意については、すべてにおいて迅速に進んだためしがない』と話している。
(中略)これからの数週間、ますます多くの関係者が和解契約の内容を注意深く調べていくにつれて、際立った形で和解案が変更される可能性もある。その場合は、新たに通知し直し、検討する時間が必要となるので、最終的な和解の承認に至るまでに、さらに時間がかかることも考えられる」(『パブリッシャーズウィークリー』二〇〇九年五月四日号)
 裁判所は、「二か月」を主張したグーグル側ではなく、それ以上の期限延期を要望した著作権者の側に軍配を上げていた。しかも、米国内では右のように「さらに時間がかかる」可能性まで語られている。
 しかし、この記事に登場する「米国作家組合のポールアイケン」氏は、全世界の著作権者を代表する立場というより、まるでグーグルの立場を代弁しているかのように見えるのはなぜだろう?
 ともあれ、グーグルは足元の米国内さえ説得できず、実は大モメにモメていたのだ。期限延期は、「自由の国」米国で上がったグーグルへの?反撃の狼煙?でもあった。