私はベオグラード大学に留学したころ、ユーゴスラヴィアの自主管理制度やポーランドの反体制運動を主要な研究テーマとしていた。その一方で、一般の人達や労働者がその地域や工場でどのように生活し何を思って毎日を過ごしているのだろうか、ということにも関心を持っていた。それは、どのような社会も、それを支える人達の存在と、彼らの日々の生活なくしては存立しえないということを理解していたからである。
東欧の旧社会主義諸国は、八〇年代後半に始まった内戦やその後の民主化のプロセスを経て大きく変化した。このプロセスについては、メディアによって多くの報道がなされ、それぞれの分野で学術論文も数多く発表されている。しかし、当然のことながら、報道や学術論文によってもカバーしきれない無数の事件、出来事、そして人々の人生があった。
旧ユーゴスラヴィア、そしてポーランドで私が出会った人達が語った思いやその生き様を、一部分でも記録しておく価値はあると、私は思っている。それは、表舞台に登場する「立派」な人達だけで歴史が語られていくことに疑問を持っているからである。人は個人的なレベルで最も社会的なものを表現している。自らが生きた社会と歴史を抜きにして、誰もその人生を語ることは出来ない。彼らの思いや生活世界を、社会史や歴史のレベルで再構成することが必要だと考えている。本書では社会主義という時代の終焉のプロセスの、そのほんの一部でも検証することが出来ればと願っている。