はじめに

 抜け毛や薄毛でお悩みのみなさん、こんにちは。私は大阪大学医学部附属病院(阪大病院)の皮膚科医で、「脱毛症外来」を担当しています。いま世の中には脱毛や育毛、発毛に関する情報があふれていますが、脱毛症が皮膚科の疾患として、病院で治療できることはまだ意外と知られていません。
 実を言えば、これまで皮膚科学のなかで毛髪科学の研究は遅れをとっていました。抜け毛は命にかかわる病気ではないこともあって、系統的な専門書も少なく、基礎研究、臨床研究とも十分とは言えませんでした。そのため抜け毛や薄毛に悩む人たちは、市販の育毛剤や育毛サロンに頼りがちだったのです。
 しかし、いまや毛髪科学は皮膚科学の最先端を走っています。分子生物学の成果を利用した研究が二〇年前にスタートし、この一〇年ほどのあいだに「なぜ髪の毛が抜けるのか」という謎が解き明かされ、男性型脱毛症や円形脱毛症のメカニズムが分かってきました。
 科学的な謎解きができれば、理にかなった治療法の研究も進みます。二〇〇五年からは、男性型脱毛症治療薬フィナステリドが、病院で処方できるようになりました。男性型脱毛症の原因物質をブロックする飲み薬です。保険の適用はありませんが、それまで男性型脱毛症には塗り薬しかなかったことから、「飲んで発毛を促す画期的な薬」として処方を希望される方が増えています。三年間の連続内服試験では、八〇パーセント近くの方に「髪の毛がやや増加」する現象が見られました。フィナステリドが体内のどこにどう効いて毛が再生するのか、それは本文でじっくり読んでください。
 円形脱毛症についても最近ようやくメカニズムが解明されてきており、皮膚科医による診療ガイドライン作りが現在進んでいます。
 ところで、男性型脱毛症や円形脱毛症のほかにも多数の脱毛症があり、その原因もさまざまです。甲状腺ホルモンの分泌異常など内科の疾患で脱毛したり、皮膚疾患によって髪が抜けることもあります。それと知らず市販の育毛剤や育毛サロンに頼っていては、病気を悪化させてしまいかねません。
「ハゲなんか気にしない。俺はユル・ブリンナーのようにつるつるになってもかまわない」と言う方もおられるかもしれませんが、髪の毛はいくつもの観点から必要なものです。
 また皮膚科医の調査によって、脱毛の進行で自らの外見に自信をなくしたり、スポーツをためらうなど行動を制限する方も少なくないことが分かりました。この本では、それらについても触れています。
 世の中に蔓延している情報や、昔から語りつがれてきた「常識」には間違ったものがたくさんあります。私がこの本を書こうと思ったのも、誤った情報にふりまわされ、髪の毛ばかりか多くのお金を失う人をなくしたいからです。
 寂しくなってゆく頭髪にどう対処していくか。その最終判断はひとりひとりの問題ですが、その判断をくだすための指針として、最新毛髪科学の世界をのぞいてください。