まえがき
この世には、本当は大切なことなのに、ついつい油断してしまってその本質を見失うことがある。たとえば、女の人の「化粧」がそうである。
これまでの人間の社会は、男性中心であった。世界の多くの文化において、男性には「化粧をする」という習慣がない。だからこそ、「化粧をする」ということが、人間の「自我」に対して重要な影響を与えるという事実に気づかずにきたのだろう。人間にとって大切なのは「実質」であり、見かけを取り繕っても仕方がないという考え方には、たしかに一理ある。
しかし、実際には、人は他者とのかかわりの中で生きている。他人が自分をどう見ているかということが、「私とは何か」という「自我」の成り立ちに重大な影響を与えざるを得ない。生まれたばかりの赤ん坊は、一人では生きていくことができない。母親や、自分を保護してくれる人たちの愛情にすがらなければ生命を保つことができない。小学生にでもなれば、クラスメートの視線が気になる。思春期になれば、他人の目が時に痛いほど突き刺さる。社会人にとっては、周囲の人たちの見方や評価が、時に人生を左右するものとなる。
「自我」というものが社会的に成り立つものであること。「私」は他人とのかかわりの中で生まれてくるものであること。男性たちはこれらのことを概念としては理解するが、その重大な含意に必ずしも正面から向き合ってこなかった。女性たちは違う。多くの女性は、思春期を境に自分自身の外見を「化粧」を通していわば「演出」していくという経験を積み重ねるのである。