まえがき

 現代アートに関心がないわけではないけれど、いま一つ取っつきにくい思いをしている人は、案外多いのではないだろうか。
 そうなる理由はある。まず、現代アートは、ルネサンス以来の伝統的なアート、すなわちクラシックアートと大きく違っていて、クラシックアートに慣れ親しんできた人でも、どう向き合えばいいのか戸惑ってしまうからだ。
 展覧会へ行ってみても、そこには一本のコンクリートの柱がポツンと立っているだけで、意味が不明。あるいは、キャンバスの真ん中に切れ目が入っているのみの絵(?)が掛かっているだけで、作者のいいたいことがわからない。ふつうに見ても、なかなか取りつく島がなく、フェルメールやベラスケスの絵のように感動することができない。
 そこで、少しでも現代アートを理解しようと思って、入門書を買ってみても、これまた、作品同様、いや、ときに作品以上にわけがわからない。「入門」と題してあるのに、やたらと難しい話が延々と続いていて、とても最後まで読む気になれない。たとえ文章が平易であっても、当方は「現代アートとどうつき合っていけばいいのか」を知りたいのに、その部分はすっ飛ばして、ひたすら「この作品は、こんなにスゴイのだ!」と現代アートを礼賛するばかりで、そもそもの立ち位置が違っていて、やはり、フツーの人間にはついていけない。
 つまり、作品がわからなければ、手引書も何が書いてあるのかサッパリで、これでは現代アートに親しみを覚えよというほうがムリに思えてくるような実情があるのだ。
 じつは、いま述べたことは、私自身が体験してきたことである。私は、いまはアートエッセイストあるいはアートライターとして仕事をしているが、もとはごくフツーのサラリーマンだった。そんな人間が、「現代アートって、どういうものだろう?」と関心を抱いても、うまく導いてくれるものがほとんどなく、「もっと、フツーの人の目線で、フツーの人にわかりやすい入門書があれば……」と何度思ったことか。あるとき、ふと思いついた。「フツーの人にわかる現代アートの入門書がないのなら、いっそのこと、自分で書いちまえばいいじゃないか!」と。
 ということで、本書は私自身の原体験から生まれたものである。美術館学芸員やギャラリスト、美大教員といった、いわゆる美術界オンリーでやってきた人にはなかなかわかってもらえない、ごくフツーの人の感覚がわかる(と思う)のが私の?売り?だ。そんな私なればこそ、話したり、橋渡ししたりできることがあるかと思う。
 本書が目指すのは、現代アートと向き合ったとき、フツーの人が頭をぶつけがちな?壁?を一つずつ壊していくと同時に、アート鑑賞のヒントが得られるものにする、ということだ。さらに、本書を一通り読んでもらえば、現代アートの大まかな流れと全体像がわかった気になれる、という欲張りな目標も立ててみた。もちろん、専門用語や難解な表現は極力排すべく心がけ、特別な知識がない人でも読めるようにしたつもりだ。それが実現できているかどうかは、読者諸氏のご判断を仰ぐほかない。
 かつての私のように「現代アートに近づいてはみたいけれど、どう接すればいいのかわからん!」という人に、現代アートのトビラを気軽に開いてもらうための、お誘いのエールをお送りする超入門書である。
 では、みなさんと一緒に、これから現代アートの森を探検することにしよう!