はしがき
いま食べているものは、いったい大丈夫なのだろうか。安全な食べ物を子どもに食べさせたいが、どうしたらよいのだろうか。安全だといわれても、それはどう確認できるのだろうか。
相次ぐ食品の偽装表示、残留農薬基準の違反、化学肥料の多用による土や水の汚染、BSE(牛海綿状脳症)や鳥インフルエンザなど家畜に発生する病気……。食品にかかわるこれらの事件・事故に不安は募るばかりで、解決への道は遠いように思えます。
本書が焦点を当てるのは、多くの食品のもとともいえる農畜産物です。野菜、果物、穀物、そして肉や卵、乳製品に、異変が起こっています。本来含まれているはずの栄養素は激減し、人体に有害だと思われる物質が含まれています。一見、かたちは保っていても、中身は壊れているかのような農畜産物が、そのまま、あるいは加工されて、日々、私たちの食卓にのぼっているのです。
農業は、自然の営みの一部をまねて、土からの恵みをもらうものです。自然界には自然界のルールがあり、仕組みがあります。そこでは、微生物などの目に見えない生き物から、大きな動物までがすべてつながり、それぞれの役割をもって生きて死んでいきます。人間もまたそうした自然の連鎖の中にあるのですから、ある程度まではそのルールに沿っていかなければ、仕組み全体が壊れてしまいます。しかし、その「ある程度」を大幅に超えて、ルールを破ることによって損なわれる部分を石油化学物質で補い、さらに破壊をすすめているのが、戦後から現在に至る一般的な農業だったといえます。
こうした状況の中では、農産物が壊れるのも、相次ぐ食品の偽装表示や事故も、起こるべくして起こった必然の結果ともいえます。
偽装や加工食品の過剰な添加物使用と同じように、直接かかわった人々を責めるのは簡単です。けれどもそうせざるをえない状況に追い込んでいるのは、ほかならぬ私たち消費者でもあります。
本書は、いま、野菜をはじめとする私たちの食べ物にいったい何が起こっているのか、それはなぜなのかを、植物の生態や時代状況などの複合的な背景に照らしながら解説したものです。
第一章は、壊れた野菜の現状についてです。野菜が壊れているというサインは、私たちの身のまわりにたくさん見つけることができます。第二章では、本来の植物の養分吸収や成長の仕組みと、石油化学物質がそのうちの何をどう壊しているかを解説します。第三章では、元凶となった化学肥料がどのようにして安く大量に普及することになったのかを説明します。そこには政治判断や産業界のさまざまな思惑が絡んでいるのです。第四章では、野菜や穀物が壊れたことで、家畜たちが、また加工食品が連鎖的に壊れていく過程を解説しました。そして第五章では、こうした方向を転換するためには何が必要か、なるべく具体的に筆者の考えを述べたつもりです。
読んでいる途中、状況が絶望的だと感じられることがあるかもしれません。まただれかを告発したくなることもあるかもしれません。しかし、筆者は、いまならまだ方向を変えることができる、解決策がある、そしてそのために過去を告発するのではなく、それぞれが力を合わせなければならないと考えたからこそ、本書を執筆しました。危機を知った上で、未来へと続く道の向こうに小さな灯りをみて、それぞれの立場でそこへ向かって歩いていける可能性を感じていただければこの上ない幸せです。