この二一世紀の夜明けにアメリカが常軌を逸して多額の費用を投入し、核武装して備える敵とは誰か。
 二〇〇一年九月一一日までは、アメリカの国土と人々に本当に危害をもたらす可能性をもつ敵はいなかった。友好的な国が南北に位置し、東西は巨大な海だ。このような国を侵略しようと考える国はどこにもない。しかし現在、アメリカにはテロリストという敵がいることが明らかになった。この敵は、明確な形をもたず、追跡や居場所確認が難しく、火器や巨大な兵器庫いっぱいの兵器でおさえつけるのはほぼ不可能だ。
 国防総省と国務省は、現在では年間三一〇〇億ドルにのぼる異常なアメリカの軍事支出を、北朝鮮、イラク、イラン、中国、ロシア、リビアからの脅威を想定して正当化した。しかし、アメリカの国防上重大な潜在的脅威になり得るのは、ロシアにある五〇〇〇の戦略核兵器だけだ。そのうち半分は発射後三〇分でアメリカの諸都市を攻撃できる。だが、それに対抗するためだったら、これほどの核備蓄は必要ではない。
 過剰な核備蓄は、かえって国家間の紛争を拡大させてしまう。それに、いくら核を備蓄したところで、段ボール箱の開封に使うカッターナイフで武装してハイジャックを決行するテロリストに対しては、何もできないのだ。
 アメリカは現在、「ならずもの国家」、あるいは「懸念される国家」とされるイラク、イラン、シリア、北朝鮮、キューバ、リビアの軍事費をすべて合計した額の二二倍を軍事費に使っている。それら諸国のどんな脅威も、その額のほんの端数で無力化できるのに。
 とすれば、アメリカが巨大な軍事支出を行う理由は次のようになる。

  ●それは兵器製造業者の金庫を潤す。
  ●それはアメリカ軍を構成する空軍、陸軍、海軍、海兵隊の間の競争意識の結果だ。それぞれが自前の兵器システムをほしがっている。
  ●それは、兵器購入の法律を作るたびに兵器製造業者から多額の寄付を受け取る、連邦議会とホワイトハウスの法律制定者たちの威信を高める。
  ●通常兵器と核兵器を入れた巨大な兵器庫のおかげで、アメリカは罪に問われることなく、世界中でやりたいことができる。それはグローバルに展開するアメリカ企業のビロードの手袋の下にちらつく鉄拳なのだ。

 以上すべてに照らしてみれば、クリントンがロシアとすばやく交渉を行って世界の核兵器を廃絶・削減する機会を逃したことはあまりにも悲劇的だ。それは、本当に実現できていたかもしれないからだ(皮肉なことに、九月一一日の攻撃以来、アメリカは、テロ対策で足並みを合わせるために、ロシアに対してより融和的になる必要が高まった)。
 核兵器を動かす権力者たち。それは四つの部分からなる。核科学者、軍需企業、連邦議会とホワイトハウス、そして国防総省だ。以下の章でこれらを順番にみていく。
 しかしその前に、知っておくべきことがある。核戦争とは実際どんなものだろうか。