はじめに

 スポーツにおいて、もっともよく知られている「記録の壁」は、陸上競技男子100mの「10秒00」だろう。
 この壁は、一九六八年六月二〇日、カリフォルニア州サクラメントで行われた全米陸上選手権で、ジム・ハインズ(当時二一歳)によって突破された。
 これは、スポーツ界を超えた国際ニュースだった。六月二一日付の「朝日新聞」は、夕刊の一面で、第一報を次のように伝えている。
 
  百メートル、10秒の壁破る 全米陸上
  9秒9―米黒人3選手
  ハインズ、スミス、グリーン
 
 そして翌六月二二日付の朝刊で、さらに詳しく伝えている。
 
 人類の夢の記録“百メートル9秒9”がついに生まれた。二十日夜、サクラメント(米カリフォルニア州)で行われた全米陸上競技選手権準決勝で(略)三人の米黒人選手によって前人未踏の10秒の壁は、あっけなく破られてしまった。(略)競技場は興奮のうず。一九六〇年に“稲妻のせん光”といわれるハリー(西独)が10秒0をマークして以来、実に八年ぶりに世界新記録が誕生、世紀の記録9秒9のアナウンスが聞かれた。
 
 この「100m10秒の壁」をめぐる物語を詳しくみていくと、スポーツの「記録の壁」にまつわる一つの典型的なストーリーを、われわれは知ることになる。そこでは、「一番乗り」を目指すアスリートたちの挑戦はもちろんのこと、ルールの変更、計時の技術的進歩など、競技を支える舞台裏のストーリーも、同時に進行していくのである。
 
 陸上競技の男子100mは、一九六〇年六月二一日にアルミン・ハリー(西ドイツ)が10秒0を記録して以来、六八年五月までの間に、合計八人の選手が10秒0をマークしていた。「10秒0」という世界記録が満八年を迎えようとしていた、その前日の六八年六月二〇日に、壁は破られたのである。
 まずは、「100m10秒の壁」にまつわる物語を、根本にさかのぼって辿ってみよう。