はじめに
朝、新聞を開くと、スーパーのチラシに混じって、『ニューファミリー』『定年時代』『AiDEM』が折り込まれている。街頭では、『Hot Pepper(ホットペッパー)』を配っている。駅構内のラックには『R25』『metro min.(メトロミニッツ)』『TOKYO HEADLINE(トウキョウ・ヘッドライン)』が置かれ、夕方帰宅すると、郵便受けに『地域新聞』が投げ込まれている。いずれも、いわゆる「フリーペーパー(無料紙誌)」だ。いつの間にか、私たちの身の回りに、こうした無料出版物があふれるようになった。
無料にもかかわらず読みごたえのあるものが増えてきた。場合によると、売っている雑誌より面白かったり、紙質も記事内容も高級感があったりする。無料なのにどうして内容の濃い紙面を提供できるのか。読者に買ってもらわず広告収入だけで経営は成り立つのか。インターネット全盛の時代に、なぜこの紙媒体は活気づいているのか。
筆者は新聞社の研究部門で、これらの答えを求めてきた。二〇〇五年から二年にわたり取り組んだ末の解答が本書である。
調べていくうちに、いろいろなことがわかってきた。
日本に日刊の無料紙はほとんど存在しないが、海外ではすでに一〇年以上前からタブロイド判(ふつうの新聞の半分のサイズ)の無料紙が多くの国の都市圏に広がっていた。日本でも過去にその試みがあったものの、業界の壁が厚く挫折に終わっている。その一方で、マガジンタイプである月刊や週刊の無料誌が各地で数多く創刊され、相次いで消えていった有料タウン誌に代わってご当地メディアの主役の座にのぼっていた。
フリーペーパーの収入は広告のみに依存している。言い換えれば、広告主の確保が発行の絶対条件になる。フリーペーパーの利点は、想定読者を絞り、広告主にアピールすることで、広告収入を事前に確保できることだ。つまり発行前の売り切り制である。有料誌のように、本屋で店ざらしにされ返品される心配がない。
さらに、読者に配る方法と場所がフリーペーパーの成功の鍵を握ることがはっきりしてきた。広告効果が問われるため、想定読者へ確実に届けなければならないからだ。別の見方をすると、配る場所と方法さえ間違えなければ、だれでも広告主を見つけて収益を上げられる。だれもが自由に参入できるビジネスモデルなのだ。
フリーペーパーは、有料を前提にした出版業界の経営のあり方に大きな影響を及ぼす悪魔なのか。それとも、大量の情報を流すデジタルメディアに対抗する紙媒体の救世主なのか。その答えは、本書を読み終わってから見つけていただきたい。