第2章 日韓ワールドカップをめぐるロビー活動五〇〇日

 プロの交渉人にとってのモチベーション
 交渉人とクライアントの間には、必ずしも契約書は存在しない。基本的には信頼関係によって成り立っている。
 では、プロの交渉人のモチベーションはなにか。交渉人にとってはクライアントからのオファーそのものが最大、最高のモチベーションになる。おそらく何人かいたはずの交渉人候補のなかで、この自分に白羽の矢を立ててくれた、そのことがなによりもうれしい。
 これはどんな仕事に従事している人でも同じではないだろうか。解決できる、こなせると信じているから、依頼してくれるわけだ。自分の可能性に賭けてくれたと思うと、使命感に燃える。人間関係とは、そうやって一つひとつの積み重ねのなかで築いていくものだと思う。
 前述したように、オファーを受けて断ることももちろんある。その判断の材料としては、ギャランティや時間的な条件もある。しかし、いちばん重要なことはオファーの案件に対して、自分自身が興味を持てるかどうかにつきる。「それ、面白いじゃん」というノリを感じられるかどうか。それが、たとえば国際的な大イベントであれ、身の回りのもめごとであれ、同じだ。
 国際的な大イベントといえば、あの二〇〇二年のFIFAワールドカップは、ご存知のように日韓共催大会だった。ワールドカップとしては初の二カ国共催であり、日本でも韓国でも大いに盛り上がったことは記憶に新しい。しかし、この日韓共催は、日本と韓国の激しい招致合戦の果てに生まれた不思議な結果だったことはご存知だろうか。
 実は、私はこのワールドカップ二〇〇二年大会の日本招致を目指した国際交渉に、一年半の間深くかかわった。そしてこの案件も、オファーを受けたときの私の第一印象は、「それ、面白そう!」だった。
 いま振り返っても、この「面白そう」がなければ、あれほどハードなロビー活動を支える体力や、危険な局面を乗り切る精神力は生まれてこなかったと思う。