はじめに
日本の医療は大きな転換点に差しかかっている。そう聞くと、多くの人が超高齢化に伴う国民医療費の増加を思い浮かべるに違いない。実際この問題はマスコミでも、大きく取り上げられているし、医療費などによる国庫負担を減らすために消費税率をアップしようという議論が絶えない。なかには福祉目的税を含めて消費税率を二○パーセントまで引き上げざるを得ないという意見もあり、国民の多くが将来の生活に大きな不安を抱いている。
しかしここで言う医療の転換点は、医療費の問題とは次元を異にするものである。医師不足こそが、本書のテーマだ。すでに産科や小児科において、医師がかなり不足していることは、多くの人がご存知だろう。しかし一方で、その問題は対岸の火事のようなものと感じていないだろうか。医師不足といっても、所詮は地方の出来事に過ぎないのではないか。産科や小児科の医師が減ったのは、単に少子化の影響によるものだろう。何も心配する必要はない。そう思っているかもしれない。
日本は世界的に見ても安価で良質な医療を、長年にわたって国民にあまねく提供し続けてきた。保険証一枚あれば、いつでもどこでも誰でも、医療サービスを手に入れることが出来る。最高度の医療を誇る大学病院ですら、すべての患者に対して門戸を開いている。今ではそれが当たり前になり過ぎて、医療を受けられることに対する感謝の気持ちも、すっかり消え失せてしまっていないだろうか。
しかし、あと数年もしないうちに、我々は厳しい現実に直面しなければならなくなる。医師不足は産科と小児科に限った話ではない。地方の病院に限った話でもない。ほとんどあらゆる科目において、すでに医師不足が限界にまで達しつつある。団塊の世代が後期高齢期(七五歳以上)を迎える二○二五年までには、外科をはじめとする主要な科目のほとんどが、医師不足に見舞われる。患者当たりの医師数が今の半分以下になる科目がいくつも出てくる。いつでもどこでも誰でも、という神話は、その時までには完全に崩壊していることだろう。
国民の多くは、まだこの現実に気付いていない。それはマスコミが気付いていないからであり、なによりも政府が公表していないからに他ならない。政府は長年にわたって、近い将来、医師が余る時代が来ると言い続けてきた。またそうなることを防ぐためと言って、医学部の定員を大幅に削減し続けてきた。今でも医師は余ると主張している。厚生労働省の官僚たちは、実は医師が圧倒的に不足していることを十分に認識しているが、諸々の事情で公表出来ないらしい。だから誰も言わないのである。
しかし医師不足はもはや、どうにもならない段階にまで達しているのだ。本書ではそのことを、他ならぬ厚生労働省の資料に基づいて明らかにしていこうと思う。また諸外国の状況を参考に、日本が採り得る道や日本の医療の将来像について、検討したいと思う。
本書ではあえて思い切った、ともすれば過激とも取れる表現を用いている部分もある。しかし筆者の意図は、医師不足の深刻さを知ってもらうことにある。本書を通して、多くの国民がこの現実を理解し、将来への備えとしていただければ、筆者の目的は達成されたことになる。