はじめに

■ビデオやマンガが子どもたちの性のお手本?
 はじめに、一つのデータを紹介しましょう。「性にかかわるあなたの行動や意識に、これまでどんなものが影響を与えたと思いますか?」という問いに若者たちがどう答えたか、という調査結果(「若者の性」白書 二○○一年)です。
 私は長い間教師をしてきましたから(今でも大学で性に関する講義をしています)、まず〈学校の授業〉という回答の割合に目がいきます。
 複数回答なので、「学校の授業に影響を受けた」と半分くらいの若者がいってくれるかなと内心期待しました。しかし、結果はご覧の通り。中学生の女子では〈学校の授業〉が二四・八%ですが、中学生男子はなんと一一・九%。〈教師〉という回答と〈学校の授業〉を両方足しても、二割に届かない数値です。この結果に私はかなりショックを受けました。がっかりでした。
 しかし視点を変えればこの数値、かなり正直に現実を映しだしているといっていいでしょう。残念なことに、学校での性に関する教育は子どもの意識や行動にそれほど影響を与えていないのです。今、「学校で行われている過激な性教育が子どもの性の乱れの原因だ」などと声を荒らげる人がいますが、皮肉にも全くの的外れだということです。
 特に男子の場合には、学校だけでなく、親や兄弟も大した影響力をもっていません。何が強い影響を与えているのかというと、マンガ、テレビ、ビデオ……つまりメディアなんですね。そして、友だちです。〈友人〉という項目が特別高い数値を示していますが、その友だちが何から情報を得ているかといえば、やはりメディアなのです。

■停滞する性教育
 現在、学校での性教育は、力強くすすんでいるとはいいがたい状況です。その理由はいくつもあるのですが、なんといってもいちばん大きいのは、「性は学んで育つもの」という考え方が教育をすすめる大人たちに乏しいことだと私は考えています。
 まず教師たち自身に、性を正面から学んだ体験がありません。そのためしっかりとした知識もない。だから子どもたちに教えようとしても、自信がないのです。
 それから、子どもたちに性を学ばせる時間がない。つまり「何年生に何時間」という形で性について学ぶ時間が保証されていません。よくいえば、学校の自主性が大事にされているのですが、いわば「個々の学校まかせ」なんです。ところが学校にしてみれば教えることがたくさんありすぎて、あれもこれもといっているうちに、性について学ぶ時間がなくなってしまうのが実情のようです。
 さらにここ数年ほど、性教育をすすめようとする動きにブレーキをかける傾向がとても強くなってきました。近年では個々の学校や先生たちにまかせずに、文部科学省、教育委員会など行政の側から通達のような形で、性に関する用語チェックをはじめ、授業の内容などへの「指導」が強く行われるようになりつつあります。このため以前に比べて学校で性を教えることが、とてもやりにくくなっているのです。

■性を教えるのは親の役目?
 一方で、「週刊文春」が実施した「子どもの性教育についてのアンケート」(二○○六年一○月二六日号)では、「子供の性教育は、誰の役目だと思いますか」という問いに、小学生から高校生までの子どもをもつ、全国四一六人の父親と五八四人の母親のうち五七・九%もの人が「両親」と答え、三四・一%が「同性の親」と答えています(複数回答)。多くの親が、性について教えるのは「親の役目」だと考えているのです。
 子どもの性にかかわる犯罪や事件が報じられると「ウチの子は大丈夫かしら」と気がかりになる。それでも、上手に性について子どもと話せない。その気持ちはわかります。
 この「親が聞けないわが子のSEX」という記事では、アンケートの回答の全体から読みとれるのは「いつ、どうやって性教育を始めたらいいのかわからない」という親たちの戸惑いだと分析しています。
 情報が氾濫する今の世の中、「照れくさいから学校にまかせておけばいい」「自然にわかるよ」などと子どもたちをほうっておいていい、という状況ではありません。子どもたちの健全な発達、その後の人生を豊かにすごすためにも、子どもが疑問に思って発した問いや、ちょっとした変化をきっかけに親が真摯に立ち向かうことが大切なのです。
 本書では、私が行う親御さんに向けた講演などでよくいただく相談や質問をもとに、親が子どもに向けてどうやって性を語っていけばいいのか、そのやりとりを示してみました。親が家庭でできることを、子どもの成長を追いながら考えていくことにしましょう。実際、自分だったらどうするかを想像しながら、読みすすめていただければと思います。