はじめに
いま、物忘れを心配する中高年の方々が多くなっています。しまい忘れや置き忘れ、知り合いの名前が出てこないなどの物忘れがみられると、認知症(以前は痴呆症と呼称されていましたが、この医学用語は偏見を招くとの理由から、二○○四年一二月に認知症と改称されています)になったのではないかと心配される方々はとても多いと思います。
厚生労働白書(平成一七年版)によれば、二○○二年に約一五○万人だった認知症高齢者は、二○一五年には二五○万人、二○二五年には三二三万人にのぼると推計されています。大幅な増加が予測されているのです。
一方で、認知症に関する情報は、テレビや新聞など、さまざまなメディアで氾濫しています。こうすれば認知症は予防できる、認知症の最新予防法、挙げ句の果てには認知症が治ったなどの主旨で、不正確な情報が提供されていることも少なくありません。たしかに、甘い話に飛びつきたくなるのは、私たちの正直な気持ちかもしれません。しかし、認知症診療に携わる医師の一人として、不正確な情報が氾濫している現状には大きな危惧を感じています。
筆者が開設している物忘れ外来に患者さんを連れてこられるご家族のなかで、一○人に一人のご家族が、「認知症とアルツハイマー病は同じですか?」「認知症とアルツハイマー病は違う病気ですか?」と質問されます。これは、認知症に関するキャンペーンが世の中でこれほどさかんに行われているのに、認知症とアルツハイマー病がどういう関係なのかについて十分に理解が進んでいないことを示しています。物忘れ外来でアルツハイマー病ですと診断すると、連れてきたご家族のなかには、「年をとれば、みんなアルツハイマー病になるんだから仕方ないですね」とおっしゃる方もいます。
長年にわたって物忘れ外来で診療してきた医師として、認知症に関する不適切な情報があまりにもたくさん世の中に流布していること、認知症やアルツハイマー病という病気が十分には理解されていないことを痛感する毎日です。
本書を書く動機となったのは、認知症についての正しい知識を多くの人々にもっていただきたいと考えたからです。口当たりのよい甘い話ではなく、現在の医学でわかっていることを読者のみなさんに正しく理解していただきたいと考え、本書を書きました。