まえがき
たとえば、あなたの上司や顧客、先輩が、何かの拍子に次のような話をしだしたらどうするでしょうか。
「北朝鮮が核を持つんだったら、日本が核を持つのは当然だ。自分の国は自分で守らなきゃいかん。第一、中国やロシアだって核保有国なんだ。あいつらになめられてたまるか、なぁ君」
たしかに、ひとときの茶飲み話や余興の席であれば、適当に相槌を打ってその場をやり過ごすことはできるかもしれません。意気投合するような人は別ですが、格段そこまで「確信犯」的な核保有論者でもなく、どちらかというと、そんなことをすればかえって危険きわまりないと考えている人なら、釈然としないまま、何とかやり過ごすことを考えるでしょう。
でも相手がしつっこくこちらの意見を聞きたがり、抜き差しならないほど執拗だとしたら……。しかも、その返答次第で、決定的に気まずくなりかねない雰囲気だとしたら、いったいどうすればいいのでしょうか。
もしかすると、多くのサラリーマンやOLあるいは学生たちの中に、このようなことで困ったという経験をした人はいないでしょうか。宗教や民族、政治や安全保障の問題などは、ビジネスや仲良しグループの世界ではどちらかというと事実上「タブー」のような扱いを受けてきました。そんな話題を熱心に持ち出せば、場が白けるので敬遠するに限る、そんな暗黙の了解が成り立っていたのです。
しかし、どうも最近はそうではなさそうです。黒か白か、自分の立場をハッキリさせなければならないことが多くなっているのではないでしょうか。そんなとき、作り笑いを浮かべて、ただ相槌を打つだけでは、かえって相手に足元を見透かされ、むしろ軽薄なヤツだと軽んじられてしまうかもしれません。
といって、自分が普段思っている「異論」をまくし立てるだけでは、気まずくなるだけです。それがキッカケで、それこそ思わぬ不利益を被ることにもなりかねません。
ではどうしたらいいのでしょうか。
逃げず、しかし頑にならず、しなやかに対応する手立てはないのでしょうか。
本書では、そのような手立てとなるヒントをいくつかのテーマに即して考えてみました。仕事や友人、恋愛やお金、さらに国際政治のトピックなど、盛りだくさんですが、さまざまな手立てを考え、それを生かしていくことで、この国でしたたかに、そしてしなやかに生き残っていく方法を分かち合えれば。これが本書の狙いです。
もっとも、方法といっても、単なる「ハウ・ツー」もので終わるわけではありません。なぜなら、方法は、じつは「どう生きるのか」という価値の問題と密接に結びついているからです。逃げず、そして流されることもなく、この息苦しい社会で「まとも」に生き残る道はあるのでしょうか。この問いは自ずから、何を求めるべき価値と見なすのか、それは何によって実現されるのか、そのために何をしなければならないのか、こうした一連の問題提起につながっていくはずです。本書を通じてそれらに向き合い、この国で「まとも」に生き残っていけるヒントを探し出してほしいと思います。