メタボリック・シンドローム
「内臓脂肪が多いと、生活習慣病を発症しやすい」
そんな記事が二○○六年春、新聞各紙の一面を飾りました。MRIによって撮影された腹部の断面写真には、腹腔部の内臓と内臓の間にみっちり詰まった脂肪の映像が! 身につまされた読者が多かったのでしょう。この症状を表す“メタボリック・シンドローム”という単語はその日からいっせいに、一般常識として普及してしまったようです。自分のお腹に手を当てて、ため息をついた人も少なくなかったのではないでしょうか?
この“メタボリック・シンドローム(症候群)”にいたるまでには、いろいろな原因が考えられます。体質や生活環境、年齢やストレス状況など、さまざまな要因がからまりあい、長時間かかってたどり着くのがこの症状です。それらの要因のなかで、私がもっとも深刻な原因と考えているのは、〈冷え〉です。なんらかの理由で血流が悪くなり、体温が下がってしまった低体温の状態を〈冷え〉といい、さまざまな体のトラブルを引き起こしますが、内臓脂肪の増加、つまりメタボリック症候群も、そのひとつだと考えられるのです。
こんなことに気付いたことはありませんか? 食べ残した料理、例えばすき焼きや煮物などを冷蔵庫に入れておくと、いざ食べようと取りだした時、表面に白い塊ができています。それは、脂。料理に含まれていた脂分が、冷蔵庫の中で温度が下がったことにより、白く固まってしまうのです。脂には、温度が下がると固まってしまう性質があるからです。
メタボリック症候群にいたる背景として、体内で同様のことが起こっているのではないかと、私は考えています。食事で摂取された脂分は、消化・吸収され、ふつうなら代謝されます。しかしなんらかの事情で体温が下がってしまうと血流が滞り、体内の酵素の働きが阻害され、消化・吸収・代謝のプロセスがスムーズに行われなくなります。そして過剰な脂肪分は血管の内側や内臓の周辺に付着して、脂肪の壁を作ってしまうのです。その結果、血管が細くなってしまいますから、さらに血流が悪くなり、体温が下がります。
とりわけ肥満している人の体は、運動不足から筋肉が減っていき、その分脂肪の比率が高くなります。脂肪部分には血流がありませんから温度は下がるばかりで、さらに体を冷やしてしまいます。そこにまた高脂肪、高カロリーの食事が取りこまれ……、まさに悪循環。メタボリック症候群は〈冷え〉によって起こりやすく、またさらなる〈冷え〉を生む原因にもなっています。〈冷え〉とセットであなたの体に取りついてしまう可能性が高いのです。
特に日本人には、〈倹約遺伝子〉を持つ人が多いことがわかっています。これは人間が、食糧が少ない時代にも生きのびることができるように、原始時代から時間をかけて獲得してきた体質です。この遺伝子を持っていると、最低限のエネルギー量で生存することができます。また必要以上の栄養を摂取すると、非常事態に備え、それを脂肪にして蓄えようとするのです。
飽食の時代にあっては、この倹約遺伝子が両刃の刃になります。現代では、普通の食事をしていても十二分のエネルギーを摂取してしまいますから、余分なエネルギーが脂肪になりやすいのです。したがって日本人は、メタボリック症候群になりやすいのではないかと思います。
ちなみに、メタボリック症候群の目安として腹囲85センチ(女性は90センチ)という基準が発表されていますが、この数字だけを頼りに、自分とは関係ないと、安心してはいけません。これはあくまでも、一般的な傾向を示す数値です。これ以下の、一見普通体型の人のなかにも、内臓脂肪の比率が高い人はたくさんいます。中肉中背、あるいは細身だからといって、安心するのは危険です。
ひんやりした脂肪のベルトをお腹に巻きつけて、それでも冷たいビールを流しこんでいる……。それが現代人の、いえ、あなた自身の姿ではないでしょうか。
これを読んでいるあなた、今ここで、自分のお腹に直接、手のひらを当ててみてください。ひんやりしているようなら、要注意です。メタボリック症候群は、食べ過ぎ、飲み過ぎだけが原因ではありません。冷え過ぎもまた、大きな要因になっているのです。
男の〈冷え〉こそ怖ろしい
日本人はみんな、冷えている。
それは、医療の最前線で連日患者さんとじかに接している私だから、言えることかもしれません。
毎週金曜日、私は病院に深夜近くまで居残ります。人工透析に立ち会うためです。患者は、四○代から五○代のサラリーマンがほとんど。病を抱えながら日頃仕事に邁進している企業戦士たちが、週末に向かうこの夜を利用して血液をリセットするのです。
透析の技術は年々進化してきましたが、それと歩調を合わせるように、透析を必要とする患者数も着実に増えています。とりわけここ数年は、糖尿病が原因で腎臓機能が低下して、人工透析を必要とする患者が増えてきました。
透析には数時間かかります。天井を見つめながら長時間横たわる患者さんたちは、何を考えているのでしょう。そして私は、彼らを見ながらいつも同じことを考えています。
この人たちが〈冷え〉の怖ろしさを知っていたら、こんな状況に陥らなかったのではないだろうか、と。
日本の男性たちは、〈冷え〉に対してあまりに無防備です。〈冷え〉は女性特有の症状だと思いこみ、自分の体の〈冷え〉については無関心なのです。体にたっぷりと筋肉がついている若い時代はともかく、運動不足でストレスにさらされている男性たちの体は、本人が想像もつかないくらい、冷えています。
その〈冷え〉が血液を汚し、体の機能を低下させ、慢性的な症状をよんで、病気へいたります。がん、糖尿病、脂肪肝、動脈硬化、高血圧、胃炎、肝炎、腎盂腎炎などなど……。これらすべての病気と明確な因果関係が立証されているわけではありませんが、〈冷え〉がこれらの病気の一因になっていることは、間違いありません。病にいたらないまでも、体におよぼす悪影響ははかりしれないのです。
そのことを、ほとんどの男性たちが自覚していないことが、私は残念でなりません。血糖値、コレステロール値、中性脂肪値、血圧もなにもかも、〈冷え〉が原因かもしれません。今はたんなる“不調”でも、それが、生活習慣病の入口になってしまう可能性もあります。〈冷え〉という時限爆弾を知らずに抱えたまま、毎日を過ごしている男性がなんと多いことか! そんな思いが本書を世に出す決心をさせました。