テクノロジーの目的
 現代人の主要な関心事はテクノロジーの開発にあるようですが、テクノロジーとは何でしょうか。それは人間が定めた目的を達成するための技術のシステムのことです。
 では、その目的とは何でしょうか。例えば、医療技術は人間のできるかぎりの延命を目的としています。
 さらに、目的地への迅速なる移動、運搬も重大な願望あるいは欲望です。わたしはこの原稿をネパールのカトマンドゥ盆地の小さなホテルで書いています。日本から数千キロメートルの距離をボーイング777は、八、九時間で飛んでしまいました。
 また、胸ポケットに収まってしまうほどの大きさの携帯電話によって、たちどころに日本の家族と通話できます。インターネットを開けば世界中の情報がたちどころに入手できるようになりました。
 近現代におけるテクノロジーの発達は、人間の欲望のかなりの部分を満たしつつあります。つまり、テクノロジーは人間の生における「目的」の驚くほど大きな部分をターゲットにし、めざましい成果を上げてきたのです。それでも、このテクノロジーが視野に入れているターゲットだけでは、人間にとって充分ではないはずです。では、テクノロジーが設定できない目標とは何でしょう。

神話の求めるもの
 神話あるいは神話的発想は、テクノロジーと馴染むものではありません。古代神話、例えばヒンドゥー教のシヴァ神の神話をコンピューターグラフィックスによってアニメ作品に仕立てるとか、ロボット工学によって空飛ぶドラゴンを作ることは可能でしょう。しかし、シヴァ神への崇拝そのものは技術の目的でも成果でもありません。ドラゴンあるいは竜のような幻獣のイメージはむしろ詩的発想の結果であり、技術によって作り出されたものではありません。
 今日、世界中で遺跡への観光ブームが見られます。人々はエジプトのピラミッド、カンボジアのアンコール・ワットなどにおしかけています。たしかに、ピラミッドやアンコール・ワットなどの巨大な建造物を造るためには高度に発達した技術が必要でした。これらの遺跡を訪れる人々は、それらの遺跡の造営に必要だった技術水準の高さに驚くでしょうが、技術の高さを確かめるためにわざわざそこへ行くのではないでしょう。四〇〇〇年以上前にピラミッドを造り上げた文化のあり方、アンコール・ワットという途方もなく大きな廟を造り出した精神文化に触れたいと思い、多くの観光客が訪れるのだと思われます。
 文明の発達とともにわれわれは欲望を限りなく肥大させ続け、テクノロジーの発達によってその望みをおおむね達成し、さらに欲望を増大させています。「欲望を実現することは良きことである」と近現代の人間は信じてきました。
 しかしその反面、現代人は、自分たちが何か重要なものを失った、とどこかで感じてもいます。古代の遺跡に大勢の観光客が訪れる背景には、「自分たちが失ってしまったものをまだ持っていたであろう」古代あるいは中世の人々の精神に触れたい、との思いがあるのではないでしょうか。
 本書も神話などに登場する動物たちに触れることによって、われわれが失ってしまったもの、あるいは失いつつあるものを取り戻そうとする試みです。

アジャンタを訪れる
 二〇〇一年の春、初めてインド中部のアジャンタ石窟を訪れる機会を得ましたが、その際、いくつかの窟院の柱の上部に奇妙な動物の浮彫りを見つけました。
 丸い大きな二つの目、横に開かれた口、むき出しになった歯の並び、額を走る深い皺。全体の造作から見ればライオンの顔のようです。しかし、羊にあるような角があります。したがって、ライオンではありません。もっとも顔のみで、胴体はありません。その顔の下から両手が突き出ています。このような顔と手のみの奇妙な獣は、サンスクリットでは「キールティムカ」(ほまれの顔)と呼ばれており、中近東、南アジア、東南アジア、さらには日本でも見られます。
 この獣の顔は、日本の鬼瓦のそれと似ていなくもありません。また、日本の仏教寺院に祀られている四天王の甲冑の腹の部分などに見られる獅子面ともまことによく似ています。これらがアジャンタの石柱に見られるキールティムカと同一の起源を有している、と考えるのはごく自然なことでしょう。
 アジャンタでは、また別の怪獣にも出会うことができました。それはワニに似た口とクジラのような胴、魚の尾びれのような尾を持っていました。この奇妙な姿の獣は、大きく開いた口から花を連ねて綱のようにしたものを幾条も吐き出しています。その花綱が獅子面のキールティムカの口から吐き出された花綱とも結びついていました。
 ワニに似た獣が「マカラ」と呼ばれる伝説上の動物であることは明らかでした。このマカラは日本でも見られます。わたしは名古屋に住んでいますが、名古屋城の金の鯱鉾はよく知られています。先日、この鯱鉾の展覧会があって間近で見たのですが、実は鯱ではなく、インドより伝えられた伝説あるいは神話上の海獣マカラであることがわかりました。四国の金比羅神社の名はサンスクリットの「クムビーラ」がなまったものですが、この語もマカラを意味します。
 このように、キールティムカやマカラはかなり古い時代にインドからおそらくは中国を経て日本に旅をしてきたと思われます。そして現代でも、日本の中でそのシンボリックな力を発揮しています。このような意味で彼らは「生きている」ということができるでしょう。