自筆原稿を「読む」たのしみ 秋山 豊
明治以降に書かれた日本の小説のうちで、漱石の『坊っちやん』はもっともよく読まれたものの一つということになっている。いま本書を手にしているあなたは、おそらく過去に『坊っちやん』を読んだことがあり、今度はその小説を、直筆の原稿で読んでみようという意欲にうながされているに違いない。生の原稿を写真版で読むのは、活字で読むのとどこがどんなふうに異なる営みとなるのだろうか。――あらかじめこの作品名の表記について断っておく。作品については、漱石がタイトル表記として書いた『坊っちやん』を使い、主人公は、今風に「坊っちゃん」と表記することにする。
漱石の『坊っちやん』が、明治三十九年(一九〇六)に雑誌『ホトトギス』に発表されて以来、この百年の間に数え切れないほどの人々に読まれてきたことは間違いない。その莫大な数の読者は、岩波文庫をはじめとする今日流布している多くの文庫本、あるいは子供のときなら児童向けの名作集、さらには「日本文学全集」の漱石の巻などで読んだ。なかには『漱石全集』で読んだという人もいるだろう。明治時代の読者は、『ホトトギス』や、『坊っちやん』を最初に収録した単行本『鶉籠』、それから袖珍本と称される廉価版で読んだ。普通の読者は、『ホトトギス』で読もうが、『鶉籠』で読もうが大きな違いはないと思っているに違いない。ただ今日の文庫本は、仮名遣いや漢字の字体が昔の用法や表記と異なるから、そこのところは昔の雑誌や単行本と違っているだろうと考えつつ、それでも、本文そのものは「みな同じもの」と認識しているのではないだろうか。
いきなり細かな話で恐縮だけれども、『坊っちやん』の冒頭は、有名な「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る」である(本稿では、引用の字体はいわゆる新字体を用い、仮名遣いは原文どおりとし、ルビ〈振り仮名〉は適宜省略した)。この「小供」というのは、あまり見ない表記だが、これは『ホトトギス』における表記である。これが『鶉籠』になると、普通の「子供」になる。作品全体で、『ホトトギス』には「小供」が九回出てきて、「子供」は三回である。『鶉籠』は、すべて「子供」に統一してある。
読めなかった祖父の直筆原稿 夏目房之介
「漱石の『坊っちやん』の直筆原稿を、そのまま新書にしたい」という企画を聞いたとき、素直に「面白い、売れるかもしれない」と思った。漱石でなければ難しいかもしれないが、漱石ならとりあえず買う人たちがいるだろうし、そのうえに新書という手に取りやすさで新規の消費者がつくかなと思ったのだ。別に皮肉でいっているのではない。書物や知識というのは、たいていそうして伝わってゆくものだ。
「面白そうだ」と思って買う消費者の、何パーセントかが何かを発見し、その先へ進むはずだ。それが学問的興味だろうと、芸術的発想だろうと、漱石文学についての新たな着想だろうと、その人の人生のちょっとした面白みだろうと一向にかまわない。きっかけが「文豪漱石」のオーラであっても、面白い企画というのは、なんらかの可能性の裾野になるものだ。
これは編集者的な発想だろう。出版の世界に三十年もいるので、まずそういう考え方をする。そんなワケで興味が湧いて仕事として引き受けたのだ。けれども、実際に直筆のコピーを読んでみると、これが現在の僕にはやはり読みにくい。
『坊っちやん』が発表された明治三十九年(一九〇六)頃には、おそらく間違いなく読みやすい直筆原稿だったろう。今でも、書や古文書を読むリテラシーを持つ人には読みやすいのだと思う。漱石の書字は、きちんとした「法則」に則っており、しかも「印刷を前提とした画然とした書き方」で原稿用紙に律儀に書き込まれているからだ。
が、残念ながら孫の僕には、それをストレスなく読みこなすリテラシーはない。我慢して数ページ読んだが、すぐ挫折してしまった。印刷された小説は何度か読んでいるから、なんとか読めるかと思ったのだが、いかんせん「面白くない」のだ。まあ、面白がらせる字を書いているのではなく、読みやすく書いたのだろうから当たり前である。
で、『坊っちやん』がはじめて単行本となった『鶉籠』復刻版を読んでみると、ホッとする。当たり前だが、旧字とはいえ読みやすい。活字で印刷された文字の整然と並ぶ紙。これが我々にとっての「読書」なのである。いやはや、やはり近代読書は本来活字で読むべきものなのであった。
では一体、直筆で全部読む「必要」なんて、あるんだろうか?