青春と読書「本を読む」
文字の大きさ

『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』内藤正典 著
イスラムをめぐる政治状況を腑分けしてくれる一冊 内田 樹

『イスラム戦争
中東崩壊と欧米の敗北』
内藤正典 著

ご購入はbooknavi

 中近東のイスラムをめぐる政治状況を精密なロジックと平明な文体で腑分けしてくれる一冊だった。多くを教えて頂いたことにまず謝意を表したい。
 私はおおかたの日本人と同じくイスラムのことをよく知らない。けれども、「どれほど外から見てわかりにくい言動であっても、本人の主観においては合理性がある」ということについては経験的に確信がある。だから、世に「イスラム原理主義」とか「イスラム過激派」と呼ばれる運動や思想についても、私はそれを狂信であるとか邪悪なイデオロギーであるとか決めつけて話を終えることをしない。「彼らの判断を基礎づけている正否の基準は何か、彼らを衝き動かしている感性的枠組みはどのようなものか」について、自分自身の考えはいったん「かっこに入れて」、耳を傾けることにしている。話を聞き終えるまでは自分の判断は保留する。そのようにして書物に向かう人にとっては価値の高い一冊である。
 本書はイスラム圏の争いをめぐる政治史的背景について行き届いた解説を付してくれているが、私自身は日本人があまり知らないトルコのタフで粘り強い対米交渉についての記述から学ぶことが多かった。アメリカの圧力をかわしつつイスラム国との全面敵対を回避しようとするトルコの政治的ふるまいを、きわどい地政学的地位にある国が身につけた外交的叡智として著者は評価している。その箇所を読みながら、著者は私たちに無言のうちに「トルコと日本を比較してみよ」と言っているのではないかという気がした。トルコの「大人」らしさに比べると、集団的自衛権行使容認に至る日本政府やメディアの情緒的なあおりがイスラムについての単なる無知から発するものであることはあまりに明らかだからである。
「憲法の平和主義の精神以外、問題解決の道はない」という著者の言葉は、テロと戦闘と政治的暗闘についての客観的記述の中に置かれているからこそ一層重いものと私には思われた。

青春と読書「本を読む」
2015年「青春と読書」2月号より

ページトップへ