青春と読書「エッセイ」
文字の大きさ

『アート鑑賞、超入門! 7つの視点』藤田令伊 著
「アートをみる」とはどういうことなのだろう? 藤田令伊

『アート鑑賞、超入門!
7つの視点』
藤田令伊 著

ご購入はbooknavi

 集英社新書の一月刊で『アート鑑賞、超入門! 7つの視点』を刊行させてもらう運びとなりました。この本には、ちょっとした思い入れがあります。私はアート関係の著述を生業としている人間で、なかでも「アートをみること」を活動の軸に据えています。そのため、アート鑑賞をテーマとした本書の上梓は、少し大げさにいえば、自分の人生においてやっておくべき仕事の一つをようやく果たしたという感覚が今あるのです。
 みなさんは「アートをみること」と「アート」は別のテーマだとお気づきでしょうか。私自身が「アートをみること」と「アート」は同じものではないと気づいたのは、ある体験がきっかけでした。仏像の展覧会で一人の老女が一体の仏像の前でうずくまっているところに出くわしたときのことです。最初は気分が悪いのかなと思って近寄っていったら、老女は泣いていました。ときどき仏像を見上げては両手を合わせ、また泣くことを繰り返しています。公衆の面前で、一人の老女が仏像に額ずいて静かに嗚咽しているのです。私はその光景に頭をぶん殴られたような衝撃を覚えました。
 当時、私は美術史の勉強をしているところでした。アートに関する知識を頭に詰め込めば詰め込むほど、アートをみる目が向上するとばかり考えていました。ところが、老女と出会って、自分が根本的な勘違いをしていたのではないかという気持ちに襲われました。「アートをみること」と「アートに詳しいこと」はまったく別の話ではないのか? そもそも「アートをみる」とはどういうことなのだろう? 知識の量という点では、老女が仏像について持っていた知識は、専門家はもちろん、もしかしたら私よりも少なかったかもしれません。けれども、あのとき、老女以上に仏像と強く深く結ばれていた人はほかに一人としていなかったに違いありません。老女は「鑑賞」の究極のあり方を示していたように私には思えたのです。
 この経験以降、私は「アート」と「アートをみること」は同じではないということや、知識の多寡と鑑賞の質は必ずしも比例するものではないということに気がつき、「アート」ではなく「アートをみること」をどう深めていけばよいかを探ってきました。本書は、その活動の現時点における集大成です。
「アートをみること」には趣味を超えた力があります。いま私はある大学で学生たちに現代アートを教えているのですが、彼らと向き合っていて気になることがあります。それは、学生たちが大人しすぎるということです。学期が始まった当初などクラスが静まり返り、何を話してもほとんど何の反応もありません。話を聞いているのか聞いていないのか、関心を抱いているのかいないのか、手応えというものがまったく感じられないのです。いまどきの若者とはこんなにも消極的なのかと驚くばかりですが、それは私の担当クラスだけではなく、他のクラス、他の大学でも事情は似たようなものだといいます。そんな様子で社会の荒波のなかを生きていくことができるのだろうかと真剣に心配になるほどです。
 そこで、授業ではただコンテンツを話すだけではなく双方向的な要素を取り入れたり、ジョークでアイスブレイキングを心がけたりして、少しでも学生たちの意欲を引き出すべく一生懸命努めています。そのせいかどうか、学期の後半になると次第に積極的になってくるのですが、それには授業内容がアートだということも大きく寄与している気がします。
 何かの作品をプロジェクターで投影し、強制的にでも感想を語らせると、案外ユニークな意見を彼らは発します。若者の感性はやはり柔軟で、こちらが思いもしない見方を披露してくれたりします。そんなとき、アート鑑賞には唯一の「正解」があるわけではないということがとても具合がいいのです。どんな見方でも「間違い」ではありませんから、率直に彼らの見方を認め、褒めてあげることができます。すると、彼らにはそれが少しずつ自信の蓄積となります。また、一人の見方が他の人に刺激を与え、それまでは感じたり考えたりしなかったことに気づかせたりもします。視野の広がりがもたらされるわけです。アート鑑賞ならではの可能性だと思います。そういうことを繰り返していくと、当初はひっそりと座っているだけみたいだった女子学生が自分から手を挙げて発言を求めるようになったりします。とても嬉しい瞬間です。
 このようにアート鑑賞には、ただ「楽しむ」だけにはとどまらない、人間の積極性を引き出し、能力を伸ばす働きもあります。もちろん、「楽しむ」だけのアート鑑賞でもかまいません。しかし、アート鑑賞には人間的成長を促してくれる力もあるのだとわかれば、アートとの向き合い方が違ってくるかもしれません。本書ではそのあたりについても書きました。楽しみと学びのある本になったのではと思っています。ご一読いただければ幸いです。

青春と読書「本を読む」
2015年「青春と読書」1月号より

ページトップへ