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多様性を考える言論誌[集英社クォータリー]kotoba(コトバ)
 
新自由主義と僕たちの自由①新自由主義ということばの居場所 井手英策(財政社会学者)

新自由主義─その正体は世界各地でおきているさまざまな問題の根源なのか、
それとも経済を繁栄させてきた立役者なのか。
大佛次郎論壇賞を受賞した『経済の時代の終焉』や、
『18歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』などが話題の
気鋭の財政社会学者、井手英策がフラットな視点で深く追究する新連載。

奇妙な生い立ち

 新自由主義(neoliberalism)。これほど世の中を騒がせて、敵意の眼差しにさらされながらもしぶとく生き残り、それでいて何となく意味があいまいなことばもめずらしい。
 新自由主義をキーワードに論文検索をしてみると、どうやらこの考えが日本に定着しはじめたのは、一九九〇年代後半のことのようである。そして、二〇〇〇年代、とりわけ小泉純一郎政権期に一気に広がりをみせる。
 小泉政権期に普及した理由の一端は、リベラル・左派が、政府批判をおこなうときのキャッチフレーズとしてこのことばを使ったことにあるのだろう。振り返ってみると、一九九〇年代もふくめ、リベラル・左派にとって新自由主義とは断罪のことばだった。人間の生活、ときには命さえをも犠牲にして、人びとを競争の渦に巻き込む、そんな冷酷なイデオロギーの代名詞として、このことばはもちいられてきた。
 だが不思議なのは、「新自由主義はリベラル・左派の対となる右派・保守の理念か」と尋ねられれば、必ずしもそうとはいえない点だ。僕は、右派・保守のなかで、自分のことを「わたしは新自由主義者だ」と語る人をほとんどみたことがない。いや、それ以前に「新自由主義者」ということばじたい、学会やメディアの用語として定着したものとはいいにくい。英語にはneo-liberalsという表現がある。しかし、日本語で新自由主義者という表現を耳にすることはあまりない。
 おそらく、新自由主義ということばは、リベラル・左派から一方通行的に使われているのではないだろうか。書店でみかける新自由主義というタイトルのついた本は、その多くが批判的なコンテクストか、その批判に触発されながら、新自由主義のネガティヴな内実を世に問うことをめざすものが多い。新自由主義ということばを前向きな意味でタイトルに使っている本は限られている。
 このように、新自由主義ということばは、どちらかというと、ある一連の政策体系を指し示すときに貼られる「レッテル」のようなものだといえる。だが、新自由主義が単なるレッテルかといえば、それはちがう。このことばにはそれなりの出自があり、とくに経済思想史のほうからこれを眺めてみると話はかなりねじれている(以下、W. Elliot Brownlee, Federal Taxation in America 3rd ed., Cambridge University Pressを参照)。
 一八世紀末から一九世紀にかけて広がった自由主義、つまり、小さな政府や自由放任主義(レッセフェール)を重視する自由主義を「古典的な自由主義」と呼ぶ。だが、世界恐慌後、これとはちがった新しい自由主義の流れがうまれた。その端緒となったのが、「新自由主義の歴史の夜明けのはじまり」とも評される一冊、一九三七年公刊、ウォルター・リップマンの『善き社会(The Good Society)』だ。
 だが、リップマンの議論のなかでの「新自由主義」は、僕たちの知るそれとはだいぶ趣きがちがっている。むしろ、政府の介入を重視し、リベラル・左派が喜ぶような、いわばカギ括弧つきの「新自由主義」だった。リップマンは、企業による独占がおさえられ、また、不労所得をうんで社会を不平等にするような条件を改善する税制改革案を支持していた。そんな彼こそが、「新自由主義」の知的開拓者だったのである。
 歴史とはときに驚くようないたずらをする。この「新自由主義」を支持するグループのなかには、ヘンリー・サイモンズという経済学者が含まれていた。彼もまた、リップマンと同じく、社会的不平等を改善するための税制改革を支持していたし、それどころか、鉄道や電気・水道(utilities)の国有化すら主張していたという。
 皮肉なのは、平等志向の強い彼が、今日の意味での、つまり、政府の介入を批判し、リベラル・左派に敵視されているカギ括弧なしの新自由主義の思想的拠点、「シカゴ学派」を創設した中心人物の一人だったことである。 「シカゴ学派」という表現をご存じだろうか。これは、世界的に著名な学者がシカゴ大学にそろったことから名づけられたものであり、その第二世代の旗手として、のちに知られることになるのが、経済学者ミルトン・フリードマンである。
 フリードマンはサイモンズの指導を受けていた。彼は著書『資本主義と自由』のなかで、サイモンズを「初期の自由主義者」、つまり「かなりのことを政府に委ねようとした」古き時代の自由主義者とみなした。しかし、フリードマン自身は新自由主義者(neo-liberals)とはけっして名乗らなかったし、ある時期をさかいに、新自由主義ということばじたい使わなくなる。そして、政府の介入を否定する自由放任主義=レッセフェールを政治的に根づかせることに心血をそそいでいく。
 大きな政府を志向し、市場や所得分配への介入を主張するケインズ政策が行きづまった一九七〇年代、フリードマンはノーベル経済学賞を受賞し、彼の思想は少しずつ欧米社会に浸透していった。画期となったのは、国営企業の民営化、金融市場の自由化、小さな政府を訴えるサッチャーやレーガンが登場し、レッセフェールを軸とした思想潮流が世界に広がった八〇年代である。リップマン以来の知的伝統は忘れさられていった。そして、新自由主義ということばは、新たなよそおいとともに国際的に認知され、九〇年代以降、その理念がひとり歩きをはじめつつ、各国の政策に強い影響をあたえていくのである。

新自由主義と現実

 このように、新自由主義は「新自由主義」を批判する文脈のなかからうまれた。政府の介入や裁量権を批判する知的なうねりがうまれ、それをうごかした集団のもっとも嫌ったことば、それが新自由主義だった。リベラル・左派の批判する新自由主義ということばは、その出自からして複雑な生い立ちをもつものだったのである。
 このような経緯をふまえると、面白い事実が浮かびあがってくる。新自由主義をきびしく批判したデヴィッド・ハーヴェイは、『新自由主義 その歴史的展開と現在』(作品社)という本のなかで次のように定義している。

「強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である」

 ようするに、新自由主義のポイントは、経済的な自由を人間にあたえれば、社会の利益が最大になるという点にある。これは僕の知るかぎり、一般的な新自由主義の理解だと思う。
 では、この定義をフリードマンはどうみるだろうか。もう一度『資本主義と自由』をみてみると、彼は一貫して自分のことを新自由主義者ではなく、自由主義者と呼んでいる。そのうえで、二〇〇二年版のまえがきでは、「経済的自由は政治的自由と市民の自由を実現する必要条件だ」と述べている。たしかに、必要条件である以上、政治的自由の前提に経済的自由があるということになる。だが、経済的自由が必ず政治的自由をうみだすとまではフリードマンはいっていない。
 もうひとつ注意したい点がある。フリードマンはこの本のなかで経済的な自由が経済的な繁栄をうみだすとはいわず、ケインズ的な、政府の介入的な政策には効果がないことを繰りかえし強調している。そのうえで、本論の最後で「自由主義に則った制度であれば、国家の強制に比べてたとえ速度は遅くとも、確実に各自の目標を実現できるのだと仲間を説得しなければならない」と述べている。ここでも経済的自由が経済的繁栄をもたらすとはいっていない。むしろ、そのことが一種の願望として示されているだけなのである。
 リベラル・左派は、フリードマンを新自由主義の始祖とみなす。だが、広く受け入れられているハーヴェイの「新自由主義」の定義をもちいれば、初期フリードマンのいう自由主義と世にいう新自由主義との間の小さくない距離を知ることができる。「自由のために政府を小さくする」ということと、「政府を小さくすれば経済が成長する」ということとは、意味が大きく異なる。フリードマンのもともとの主張を操作し、政治的な言説として昇華させたイデオロギー、それが新自由主義なのである。
 このちがいは大切なので別の機会に論じたい。ここでは、新自由主義と呼ばれる思想の基礎にある二つの考えかたを検討し、そのイデオロギー性をより明確にしておきたい。第一に、経済的な自由が政治的な自由や市民の自由をうむという考えかた。第二に、経済的自由が人類の富=経済の繁栄をうむという考えかたである。これらは本当に正しいのだろうか。
 まずはひとつめの考えかたから検討しよう。政治的自由や市民の自由の実現度をみるとき、研究者によってしばしばもちいられるのが・Freedom in the World・という国際調査である。この調査では、「自由な国」「部分的に自由な国」「自由ではない国」の三つの分類があり、一九七二年以降の推移を確かめることができる。
 データを取りはじめた一九七二年から七九年にかけて「自由ではない国」の占める割合は、四六パーセントから三五パーセントに低下した。一方、レーガンやサッチャーが表舞台にでて活躍する八〇年頃から今日にいたる二〇一四年までの間にこの数値は三七パーセントから二六パーセントへと低下した。ようするに、七〇年代の一〇年弱の低下幅と、新自由主義の流れが強まった三〇年強の低下幅とでは、ほとんど変わらないということになる。経済的自由の広がりが政治的自由を強化したかどうかは自明ではない。

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井手英策(いで えいさく)

財政社会学者。慶應義塾大学経済学部教授。一九七二年、福岡県生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院博士課程単位取得退学。専門は財政社会学、財政金融史。日本銀行金融研究所勤務などを経て現職。朝日新聞論壇委員。著書に『日本財政 転換の指針』(岩波新書)、『経済の時代の終焉』(岩波書店、大佛次郎論壇賞)、『18歳からの格差論』(東洋経済新報社)、『分断社会ニッポン』(佐藤優、前原誠司との共著、朝日新書)など。