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多様性を考える言論誌[集英社クォータリー]kotoba(コトバ)
 
独裁者のイコンが語るコレクションの真髄 鹿島 茂(フランス文学者)

高価で美しいものを集めるコレクターは世界中にごまんといる。
しかし、徹底的に無価値なものを拾い集め、新たな価値を見いだすことにこそ、
コレクションの真髄があるのではないか。
旧社会主義国において、人々がし捨て去る・共産党独裁者グッズ。
このゴミの山にこそ、歴史の皮肉に満ちたストーリーが凝縮されている。

 一時、パックツアーに凝っていたことがある。台北から始まって、香港、北京、上海、ソウル、サイパン、グアム、パラオ、ロサンゼルス、ホーチミン、それにローマとアテネといろいろなパックツアーに参加した。
 では、なにゆえにそれほどパックツアーに凝ったのかといえば、ほかでもない、パックツアーそのものを「集める」ようになってしまったからである。どうも、私という人間は、別にモノでなくとも、「集めて」しまう傾向があるようだ。
 ところで、パックツアーを続けるうちに、これと密接に関連したかたちで、もう一つ別の蒐集癖があらわれてきたのだ。
 それは行く先々で、独裁者のイコンを集めるというものである。一九九九年に香港旅行でキャット・ストリートという骨董屋街を訪れたことがきっかけとなった。

香港で交渉開始! 共産党独裁者のレアー・虚像・集め

 ガイドブックによると、中国語では骨董(というよりもガラクタ的な中古品)をネズミ、それを追い求める人をネコと呼ぶ。そのため、ガラクタ的な骨董屋が集まった香港島の上環(ションワン)の摩羅上街(アッパー・ラスカー・ロウ)にキャット・ストリートという呼び名がついたのだという。この通りの一つ坂上には、荷李活道(ハリウッド・ロード)と呼ばれる少し高級な骨董屋街があり、香港の骨董好きはこのどちらかに集まるらしい。私は、旅先で骨董屋街があれば足を運ばないではいられない人間なので、さっそくキャット・ストリートに駆けつけた。すると、いきなり一つのアイテムが目に飛び込んできた。毛沢東を間に挟んでとが『毛沢東語録』を高く掲げているという彩色陶器製の三人群像である。おそらく三人群像は文化大革命開始時(一九六六年)から林彪失脚の一九七一年までに製作されたものにちがいない。さらに期間を狭めるなら林彪が毛沢東の後継者に指名され、江青が中央政治局委員となった一九六九年から一九七一年にかけての時期のものだろう。
 私は、かつては左翼だったが、毛沢東主義者ではなかったし、林彪も江青も大嫌いだった。しかし、これが珍しいものであることだけは即座に理解できた。そして、レアーものであると確信したとたんに猛烈にそれを欲しくなるのが私のである。値段を聞くと、二〇〇〇香港ドル(約三万円)とかなり高い。店主はものなので一二〇〇ドルがギリギリだと主張したが、私は五〇〇ドル紙幣二枚を店主に握らせて、もぎ取るようにこれを購入した。
 ところがである。そこから三軒隔てた骨董屋をのぞくと、まったく同じ群像が飾ってあるではないか! しかも値段を聞くと、なんとたったの三〇〇ドル! ガックシ、である。この調子だと、二〇〇ドル、一〇〇ドルのものも出てくるかもしれない。だから、中国の骨董屋街は怖いのだ。
 そう思いながら、ハリウッド・ロードに移ると、一軒の店に毛沢東関係の景徳鎮がズラリと並べられていた。いやはや大変な迫力である。もしかすると、骨董品ではなく、どこかで新品を製造しているのではないかと疑りたくなるようなぶりである。例の毛沢東・江青・林彪という三人群像はなかったが、似たような文革ものの景徳鎮はじつにたくさんあり、バリエーションに富んでいる。走資派の幹部を捕らえた紅衛兵たちが、いわゆる「飛行機」というかたちに腕をねじ上げて自己批判を迫っているアイテム、毛沢東がまるまる太った子供たちに囲まれてんでいるアイテムなどなど。
 そんな中で、私のサーベイランス・ビームが素早く捉えたのが、毛沢東がスターリン(斯大林)と握手している景徳鎮(写真1)!
 これは凄い! なぜ凄いかというと、製造年代がほぼ特定でき、しかも、製造が短期間に限られていると想像されるからである。
 まず言えるのは、描かれているのとは異なり、一九四九年の中華人民共和国成立直後に毛沢東がモスクワにスターリンを訪問して握手した時につくられたものではないということである。なぜなら、このときスターリンは毛沢東を冷遇し、かなり侮辱的な言葉を浴びせたと伝えられるからである。
 確率的に高いのは、スターリンの死後、一九五六年にフルシチョフによるスターリン批判が起こったのを契機に中ソ論争が始まり、毛沢東がスターリン主義堅持の旗を高く掲げてからのものだが、毛沢東への個人崇拝が高まったのは文革以後だから、やはり文革中のものと見てよい。ただし文革の進行につれて毛沢東は自らをスターリン以上の革命家と見なすようになっていたので、こうした「両者並び立つ」の像は文革初期の一九六六年か六七年の製作ではないかと思われる。
 と、このように、私は毛沢東・スターリン握手像をみながら、その製作年代をいろいろと計算し、製作期間は極めて狭いと結論を出したのである。つまり、これは非常なレアーものであるにちがいないと踏んだのだ。
 そこで、店主におそるおそる値段を尋ねると、八五〇ドルという返事である。思っていたよりも安い。しかし、言い値で買うのはコレクターの沽券にかかわるので、値引きを要求したところ、六五〇ドルで妥結とあいなった。
 ところが、このときふと同行の配偶者の方を見ると、怖い顔をしている。
「これも買うの? いいかげんにしてよ。さっき一〇〇〇ドルで買ったのが、別の店じゃ三〇〇ドルだったじゃない。これだって、隣の骨董屋に行けば二〇〇ドルくらいであるかもしれないわ。あなたが帰った後に、また同じものを出してくるに決まってるわ」
「いや、これは絶対にレアーものだから」
「わかったわ。どっちか一つにしなさいよ。さっきのを返品できたら、これを買ってもいいわ」
 というわけで、毛沢東・スターリン握手像は取り置きしてもらって、三人群像が返品可能かをキャット・ストリートの店に打診しに出かけた。とはいうものの、絶対に返品は承知しないだろうと思ったので、三人群像を配偶者が欲しがっていたウサギの置物と交換するという条件を提示したのである。すると、あっさりOKの返事を得たので、喜び勇んで取って返し、毛沢東・スターリン握手像を六五〇ドル払って受け取った。
 しかし、そうなると惜しくなるのが、さきほど三〇〇ドルで見つけた三人群像である。一〇〇〇ドルを返してもらったわけではないのだが、一〇〇〇ドルの三人群像が三〇〇ドルで手に入ったとすると、差し引き七〇〇ドル得した計算になる。ならば、三人群像を買わない手はない。
 そう決断して、三軒隔てた骨董屋を訪ねたところ、さきほどまであった三人群像がない!
 呆然としている私に向かって店主が無情にも言い放った。
「そこにあったものはいま売れたよ!」
 なんたることか、逃がした魚は大きく見える。いっそ、さきほどの三人群像を買い戻そうか? そう思っていると、配偶者が言った。
「ちょうどよかったんじゃない。二つは持って帰れないから」
 この香港での経験以来、私の独裁者コレクションは加速するようになったのである。

この続きは本誌でどうぞ!

鹿島茂(かしま しげる)

フランス文学者。明治大学国際日本学部教授。一九四九年、神奈川県生まれ。『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、『子供より古書が大事と思いたい』(文春文庫)で講談社エッセイ賞、『職業別 パリ風俗』(白水社)で読売文学賞を受賞。『進みながら強くなる』(集英社新書)、『大読書日記』(青土社)など著書多数。