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多様性を考える言論誌[集英社クォータリー]kotoba(コトバ)
 
TPPと規制緩和を問い直す ジョセフ・E・スティグリッツ(経済学者)

安倍政権の掲げるアベノミクスの「三本の矢」が世界から注目を浴び、日銀総裁も五年ぶりに交代したこの春、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツが来日した。本人自身が「日本の抱える問題は先進国すべてに共通する問題。だからこの時期、日本に来られてよかった」と述べるほど絶妙のタイミングでの来日だった。
TPP(環太平洋経済連携協定)への正式参加表明も行われたばかりのこの国の経済について、スティグリッツが語った言葉とは?
日本のメディアにあふれるTPP推進、規制緩和礼賛の言説とは逆の見解だった。

TPPは特定集団のために「管理」された貿易協定だ

 賛否両論を呼び、物議をかもしているふたつの分野について、お話をしたいと思います。ひとつは自由化や規制緩和に関することです。もうひとつは貿易にまつわる政策についてです。
 貿易政策について非常に重要なポイントは、TPP(環太平洋経済連携協定)をはじめとする自由貿易協定が「自由」な貿易協定ではない、ということです。
 どうして「自由」貿易協定ではないのか。私はときどき冗談めかしてこんなふうに答えています。
「もしある国が本当の自由貿易協定を批准するとしたら、その批准書の長さは三ページくらいのものだろう。すなわち、両国は関税を廃止する、非関税障壁を廃止する、補助金を廃止する、以上」
 実際の貿易協定の批准書がどんなものかご覧になったことはありますか? 何百ページ、何百ページと続くのです。そんな協定は「自由」貿易協定ではありません。「管理」貿易協定です。
 こうした貿易協定は、ある特定の利益団体が恩恵を受けるために発効されるものです。特定の団体の利益になるように「管理」されているのが普通です。
 アメリカであればUSTR(米国通商代表部)が、産業界のなかでも特別なグループの利益を代弁している。とりわけ政治的に重要なグループの利益を、です。
 TPPはアメリカの陰謀だと揶揄する人もいますが、そうです、確かにそういう側面はありますよ。こんなことは新しいニュースでもなんでもないでしょう。
 しかも、こういう二国間の貿易協定が発展途上国に多大な犠牲を払わせているのです。二〇〇一年一一月のドーハ開発ラウンドで発展途上国と合意事項がありましたが、アメリカはその合意を反故にしたのです。今から考えると、我々は発展途上国にとってフェアな多国間貿易体制をつくるべきだったと思います。実際に自分が関わったケースでも、二国間の貿易協定で途上国に大変な犠牲を強いることがよくありました。

九九パーセントの国民の生活を犠牲にするTPP

 かつてラテン・アメリカのある国の大統領が貿易協定に署名するべきかどうかを私に聞いてきたことがありました。私は彼の顔をじっと見て、「あなたが協定に署名することはできません」と申し上げ、彼は「なぜだ」と聞き返しました。じつは彼は医師でしたので、私はこう語りかけました。
「あなたは医者になるときにヒポクラティスの誓いをたてましたよね。人を傷つけるな、というあの誓いです。この協定に署名すると、(国民を傷つける結果となり)その誓いを破ることになりますよ」
 たとえば、ジェネリック医薬品の価格は高騰し、医療へのアクセスが難しくなり、多くの人が死ぬことになるでしょう。環境や資本の流れなどあらゆるところで、悪い影響が国民に降りかかってくるでしょう。貿易協定は人々の生活を苦しめる結果を生むのです。
 もうひとつ例をあげてみましょう。GMO(遺伝子組み換え生物)についてです。消費者は食料品にGMOが含まれていることを知る権利があるのか、ないのかという議論が今、アメリカであります。ほかの諸国の多くは、規制はしないけれども、国民が知る権利はあるだろう、という見解です。
 ところが、USTRは、国民に知る権利はないと主張しているのです。それは、USTRが特定の団体の利益を反映しているからです。このケースの場合、USTRが代表しているのは(遺伝子組み換え作物に力を入れている)モンサント社の利益です。
 私が言いたいのは、貿易協定のそれぞれの条項の背後には、その条項をプッシュしている企業があるということです。USTRが代表しているのは、そういう企業の利益であるということを忘れてはいけません。
 USTRはアメリカ国民の利益を代弁しているわけではありません。ましてや日本人の利益のことはまったく念頭にありません。

貿易協定と国内の法規制との対立

 貿易協定で決められた方針と国内の法規制との対立の可能性についても、お話ししましょう。
たとえば、シンガポールのチューイングガムにまつわる規制です。そんな規制が、反貿易的な政策でしょうか? いえ、嚙んだ後捨てられたチューインガムが街中のあちこちにこびりついているのに困って、シンガポール政府はチューイングガムを規制しただけなのです。
 ところが、アメリカ政府やUSTRの言い分は、それは協定に違反する政策だ、チューインガムをシンガポールに輸出しにくくなる、というものでした。
 事は日本に対しても同じです。日本には日本独自の規制がある。たとえば大型車には余計に税金がかかるという制度です。排気ガスという点でも、燃費という意味でも、大型車には問題があるから、税負担も重くしている。私としては、これはとても合理的な税制だと思います。
しかし、(大型車を輸出したい)アメリカは、こうした税制を反米的な政策だと見るわけです。実際は、ドイツ製の大型車は日本でも売れていて、日本人はキャデラックに興味がない、というたったそれだけのことです。逆にいえば、日本の社会のニーズを反映した製品をアメリカがつくっていない。アメリカの大型車の販売が伸びない理由は、「反米的な税制」のせいではありません。
 ですから、日本にとって重要なのは、反・自由貿易的だとか、反米的だと批判されても、その批判に屈しないことです。軽自動車への減税を日本人はあきらめてはいけないのです。公害は勘弁でしょう。環境を守りたいでしょう。子どもは守りたいでしょう。
 そうしたことは、商業的な利益のために、投げ出してはいけない、基本的な価値なのです。そして、目指すべきは規制緩和などではないのです。議論すべきは、適切な規制とは何か、ということです。
 規制なしで、機能する社会はありません。たとえば、ニューヨークに信号機がなかったら、交通事故を引き起こし、交通麻痺に陥るだけでしょう。現在のような規制がなければ、環境は汚染され、私たちの寿命は昔と同じように短いままだったでしょう。規制がなければ、安心して食事をすることもできません。
「規制を取りはらえ」という考え方は、じつにばかばかしい。問うべきなのは、どんな規制が良い規制なのか、ということのほうなのです。
 先進工業国のなかでアメリカがもっとも格差がひどいのは、規制緩和のせいなのです。規制緩和という政策のせいで、不安定性、非効率性、不平等性がアメリカにもたらされました。そんな政策を真似したいという国があるとは思えません。

ウォールストリートの言いなりになるな!

 もし日本が危機的な状況に陥りたくないのなら、重要なことは、アメリカ流のやり方を押し付けるウォールストリートやアメリカ財務省の言いなりになるべきではない、ということです。すでに日本は二○年ものあいだ低成長のままです。アメリカの言いなりになって、さらに次なる経済危機を迎えたいのでしょうか。そうでなければ、自由化や規制緩和という政策課題を考えるときにはとても慎重になるべきなのです。
 必要な変化を進めようとするときに、それを妨げる既得権益グループというものが存在するのも確かです。私のような外国人が、何が日本にとって必要な規制緩和で、何がそうでないかを判断することはできません。
 しかし、自由化や規制緩和を進めるときには、心に留めておくべきことがあります。自由化それ自体が、ある特定の利益団体の狙っていることであり、彼らの利益になるということです。
TPPに関してもそれはまったく同じ構図なのです。アメリカの一部の利益団体の意向を反映するTPPの交渉は、日本にとって、とても厳しいものになることを覚悟しなくてはなりません。日本は本当に必死になって交渉する必要があるのです。

規制緩和が世界金融危機を引き起こした

 規制について、ここではっきりさせておきましょう。規制緩和が世界金融危機を引き起こしたのです。規制緩和がバブルを生成させたのです。もちろん、そんなバブルのような好景気は持続可能なものではありません。アメリカが率先して金融部門で規制緩和をして、その結果、世界全体が打撃を受け、この大不況に突入したのです。
 振り返れば、第二次世界大戦後から一九七三年まで続いたブレトン・ウッズ体制の下では固定相場制だったので、現在のグローバル経済よりも安定していたことは確かです。最近のアメリカの経済学者のなかではブレトン・ウッズ体制を再評価する声も出ています。
 しかしながら、ブレトン・ウッズ体制では、各国の生産性にばらつきが出てきたときに、対応できなくなってしまったのです。
 ブレトン・ウッズ体制が崩壊し、変動相場制に移行したわけですが、(もともと不安定性のつきまとう)変動相場制のもとで、規制緩和が進められたことにより、ありとあらゆる種類の投機の可能性をつくり出しました。それが不安定性をさらに増大させたのです。資本の流れが貿易の流れの多くを占めるようになってしまい、安定性を維持することが非常に難しくなったのです。
 ブレトン・ウッズ体制に戻ることができない以上、金融部門、とくに短期の資本の流れに、適正な規制をかけて、我々は世界経済の安定性を取り戻すしかないでしょう。
 今、日本のみならず、世界中で量的緩和が行われていますが、小国が量的緩和をしてもグローバルな影響はありません。しかし、アメリカのような大国が量的緩和をするとグローバルに影響を及ぼします。しかもアメリカでの実体経済にはおりてこないで、アメリカ以外の海外資産に使われます。為替市場に向かう場合も、(資源・エネルギー・食糧などの)コモディティ市場に向かう場合もありますが、その過剰流動性が世界経済の不安定さを助長しています。

イノベーションの方向転換が必要だ

 安倍総理が掲げる三本の矢のなかでもっとも難しい三本目の矢の成長戦略についてお話をしておきたいと思います。持続可能な成長を促すためにいかにお金を使うか、これは非常に難しい問題です。
 新興国市場の存在感が日に日に増している現代で、そうした国の消費者がアメリカやヨーロッパと同じように消費したらどうなるか。私たちの地球はもたないでしょう。
 持続可能な成長を成功させるためには、「イノベーションとは何か」という考え方そのものを定義しなおさなくてはならないのです。
 これまでのイノベーションといえば、人が働くコストを省くことに焦点を合わせてきました。その結果、他方では高い失業率に悩まされています。これはパズルみたいなものです。
 これほど失業率が高いときに、さらに失業者を増加させることにつながる、労働力を省くイノベーションを追求していていいのか。
 我々には新しい成長モデルが必要です。今までと同じようなやり方で、これからも成長することはできない。そこが明確化されているかどうかが非常に重要なのです。

この続きは本誌でどうぞ!

ジョセフ・E・スティグリッツ

経済学者。コロンビア大学教授。1943年、アメリカ・インディアナ州生まれ。イェール大学はじめオックスフォード、プリンストン、スタンフォード大学で教鞭をとる。93年、クリントン政権の大統領経済諮問委員会に参加、95年より委員長に就任し、アメリカ経済政策の運営にたずさわった。97年に辞任後、世界銀行の上級副総裁兼チーフエコノミストを2000年1月まで務める。01年、「情報の経済学」を築き上げた貢献によりノーベル経済学賞受賞。主な著書に『世界の99%を貧困にする経済』(楡井浩一、峯村利哉訳/徳間書店)など。