集英社新書
『江戸・東京 下町の歳時記』

定価:735円(税込)
ISBN978-4-08-720570-1


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『江戸・東京 下町の歳時記』

江戸から続く行事やしきたりで、四季の移ろい、日々の暮らしを楽しくしよう!

 豊かな四季を持つ日本で、かつてわたしたちは時節ごとに旬や気候を取り入れた行事を楽しんできた。初詣の前にする「除夜詣」、煤払いの後で参加者の一番若い者を胴上げするしきたりなど、多くは忘れ去られてしまった行事を学びなおすことで、日々の暮らしがもっと生き生きと豊かなものになり、四季を身近に感じることができるようになるだろう。
 本書では元旦から大晦日まで、日本人の中に根付いていた行事、しきたり、衣食住等を豊富なエピソードとともに紹介する。

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はじめに

 あたしが生まれた昭和二十三年ころは、まだ戦災の爪あとが深く、東京中が仮住まいのバラックだらけだったそうです。それでも物心のつく三、四歳のころになると本建築の家が建ち始め、あたしの家にも大工さんが入り、その大工さんの弁当箱の大きかったことを今でも覚えています。
 あたしは浅草で三代続く扇子屋に生まれましたが、戦時中に踊りを踊っている人などいるわけもなく、扇子なんかそうそう売れるものではありません。当時は仕入れられるものならなんでもということで、万年筆からおもちゃの刀まで売っていたというのだから、祖父やおやじたちの苦労は相当のものだったと思います。
 それでもやっと本職に戻れたことが、家族を明るくさせてくれたんでしょうね。浅草にはいろいろな職人さんもいて、子供のころのあたしはそんなおじさんたちの話を聞いているのが大好きでしたから、自然と粋だの野暮だのということのわずかな違いを覚えてしまい、随分生意気なことも言っていたそうです。芸者衆は来るし、噺家さんは来る、歌舞伎の役者さんたちとも自然に知り合いになるし、幇間の師匠連中までも話しかけてくれるようになるんですから、普通の子供に育つわけはありません。
 下町の常として、年間の行事は非常に大切なものです。「そろそろあれの準備にかからなきゃいけないね」なんて大人に言うと、「おや、よく覚えていたね」と褒められるんで、季節感にはますます敏感になっていきます。四季の移ろいというか、歳時記なんていうものはそれ自体が文化ですから、覚えておかなきゃ大人との話にはついていけないんですね。
 この本は、あたしの生まれ育った下町と、江戸時代からの歳時記を加えて綴ったものです。もちろん下町とは、江戸城から江戸湾に向かった日本橋あたりから人形町方面をさした言葉で、江戸時代でいうところの浅草は下町エリアではありません。けれども庶民の町で江戸一番の盛り場ですから、下町文化という点では、この地のあれやこれを下町の歳時記とすることには間違いはないと思います。
 それから、歳時記を語る上で難しいのは旧暦と新暦。つまり、今と季節が違うときがある。年賀状に「初春」と書くように、昔の暦では一月、二月、三月が「春」で、四月、五月、六月が「夏」、七月、八月、九月が「秋」で、十月、十一月、十二月が「冬」となる。たとえば八月は秋の真ん中ですから、八月の月は中秋の名月となり、いわれてみればごもっとも、となるわけですが、突然「七月は秋」なんて言われたら、面食らったりするでしょう。
 明治五年の暮れに改暦が行われてからは、誤差がなくなっていますから、今様に考えられるのですが、改暦前は大の月が三十日、小の月が二十九日だから一年で十一日か十二日もずれてくる。「閏月」(季節と暦がずれるのを防ぐために加えられる月)で調節しても、極端なときでは一ヵ月違うっていうんですから、子供にはついていけませんよね。
 けれど今、あたしはそんな知識や知恵を教わることができた環境に育ったことに、感謝しています。なんていったって自然を楽しみ、言い伝えや人の優しさ、願いを歳時記に込めることを学べたんですから。  子供時代に教え込まれた最後の江戸の匂いを、どこまで伝えられるかわかりませんが、どうぞ読んでみてください。

荒井 修(あらい おさむ)

一九四八年東京、浅草生まれ。荒井文扇堂四代目社長。桑沢デザイン研究所講師。日本大学芸術学部卒業。舞扇の老舗として、坂東玉三郎、中村勘三郎を始め、歌舞伎界や舞踊界、落語界に大勢の御贔屓を持つ。いとうせいこうとの共著に『江戸のセンス』(集英社新書)。


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