文字の大きさ
東京大学大学院 共生のための国際哲学研究センター(UTCP)戦後日本と立憲主義・民主主義――その緊張関係を巡って

 日本国憲法が軽んじられ、その大前提である立憲主義体制が崩壊しかねない状況だ。「美しい日本」を掲げる人びとがこの動きを加速させてきた。それは国民多数の支持を得ているとはいえないものの、それなりの政治勢力となっている。こうした状況をもたらした戦後日本の思想と文化をどのように捉えるか。
 集英社新書『「憲法改正」の真実』の樋口陽一氏と『愛国と信仰の構造―全体主義はよみがえるのか』の島薗進氏も登壇し、憲法学、政治学、哲学、宗教学などの視点をつきあわせながら討議した。その報告を一部、公開する。

登壇者:樋口陽一(東京大学名誉教授) 片山杜秀(慶応義塾大学) 島薗進(上智大学)
松平徳仁(神奈川大学) 川村覚文(UTCP)

日時:2016年6月2日(木)17:00-20:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム

第1部:前半

『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』
中島岳志 島薗 進

『「憲法改正」の真実』
樋口陽一 小林 節

片山 改憲問題に特化してということではなく、こういう状況を作り出すに至っている現代史の展望のようなことをしてみたく存じます。簡単なレジュメを配布させていただいておりますけれど、それをかみ砕いて説明しますとやはり2時間くらいかかると思うので、そこから一部をつまんでおはなしして、レジュメも見ていただいてその内容も込みのつもりということで、よろしくおねがいいたします。

 まず最初に、レジュメの「政治史のデッサン1」というところ。冷戦構造崩壊の少し前くらいからのひとつの展望のつもりのメモ書きですけれども、冷戦構造が崩壊して、西側の勝利、歴史の終焉といわれた時期があって、「イデオロギー」というものが世界史の舞台から退場したかのように見えた頃合いがございました。資本主義が勝利したのだから、違った理想を出してももう意味がないということですね。したがっていまの土俵を守りながら、その土俵を保つための政策を議論する政党だけあれば民主主義と資本主義は永遠に整合性を保ちつつうまくゆくんだという仮説ですね。こういう考え方に立って、保守二大政党政治へと日本の政党政治を改造しようとする誘導というのが、政治家やマスコミや政治学者によって猛烈になされたわけですね。

 しかしその後、社会主義に少し遅れて資本主義の行き詰まりというのが顕著になってきました。資本主義国家が社会主義に勝利させないように折衷的に採用してきた福祉国家のモデル、そして福祉をまめまめしく行うためには行政の手間がかかりますから行政国家化も促進されてきたわけですが、そういう「大きな政府」というものはいよいよいけないということになってきた。ソ連崩壊前にイギリスが先にいったん駄目になっていたことが、この時代を振り返るときには重要な参照例ですけれども、ともかく日本でも少子・高齢化は進むし、先進資本主義国の経済成長も日本に限らず壁にぶちあたって、次の成長のモデルがないわけですから、みんながパソコンを買うくらいまでで、あとは爆発的な消費を喚起する新しい品物ももうないという時代になってきますから、目に見える派手な経済成長というものはなくなって、そうなりますと福祉国家化は成長とセットでそこから財源が出てくるものですから、福祉国家日本も行き詰まってくるわけですね。

 さらにグローバル化が進行して、1つの国にできることが相対的に小さくなっていく歴史があって、今もTPPなど障壁をなくそうという話が多いわけですが、とにかく障壁をなくせばなくすほど、アクターとしての国家の役割というものは相対的に低下していきます。政策的に国を大胆に「チェンジ」させようと思っても、もう国家の図体がじゅうぶんにおおきいうえに、国際的で複雑で国家の何倍も巨大な流動する自由市場の資本の力に国家が掣肘されておりますので、その中で近代民主主義国家と称される欧米や日本においては、国家の政治の選択肢がどんどん縮減してしまう。国家単位で政策を打っても思うとおりにならない度合いが高まってくる。実際にやれることが極めて限られてくる。しかし、縮減していると正直に言ってしまいますと、民主主義国家では「じゃあ誰に投票してもそんなに変わらないんだな」と選挙で票が入らなくなります。どっちに入れても同じだということになりますので、オバマの「チェンジ」とか、「私に入れるととてつもなく変わります」というように、政治家の言うことはかえってエスカレートしてしまうんですね。

 しかも、グローバル化をはじめとする世界の複雑化が、社会科学の諸モデルをますます機能させなくなっていくので、学問の合理的判断力も、それから国民の公民的判断力も縮減する歴史というのも、冷戦構造崩壊後には顕著になってきていると思います。  公民的判断力とは何かについて念のため簡単に申せば、民主主義社会において主権を持つ人民は公民として存在して政治や社会や経済について選挙や世論で意思を表明することが期待されているし、そうでないと民主主義はたちまち実質を失うのですけれども、その公民を作るのはまずは教育ですね。判断できるためには知識と教養が必要なわけで、それを作るのは教育であると。日本では大学進学率は50%以上と上がっているわけでして、そうすると大勢が高等教育を受けて政治や経済や社会について勉強しているから全体で言うと社会の判断力は増しているんだ、立派な公民に世は充ち満ちているはずなんですけれども、しかし実際はどうか。大学を出ればアベノミクスの是非や憲法問題やイスラム国のことやTPPのことが新聞やテレビをチラと見たり読んだりすると分かるのか。自分の価値観に照らしてどうすればいい、そのためにはどの政党を支持すればいいという判断がつくのか。どうも違うのではないですか。教育程度が上がった以上に世の中がもっと難しくなっている。いまの世の中の難しさというのは、多分、大正や昭和初期に高等小学校を出たくらいの人が当時の世の中を理解していたよりも、いまの大学を出た人が今を理解しているレベルが低いと言うくらいになっているのではないか。公民的判断力というのは学歴が上がればいいというものではなくて、社会で起きていることの理解力の問題ですので、相対的にはかられなければならない。これまでは義務教育、高等教育をどのくらい国民が受けているかで指標化してなんとなくはかってきたと思うけれども、今日にはそんなものさしではかっていては間に合わなくなっているのではないでしょうか。つまり「公民度」というものがあるとするとかなり下がってきているんじゃないかと思います。それは今の人間が不勉強、不真面目になったわけではなく、世の中のことを判断しようとしても普通の勉強では追いつかなくなってきたということだと思うんです。それは私の実感に照らしてもそうなんですけれど。もう『現代用語の基礎知識』でフォローすればとりあえず一通り分かりますよ、なんてことではないでしょう。一般民衆のみならず、専門家にも難しいくらいになっている。

 そういう中で、経済学でも政治学でも社会学でも、なにが正しいかわからなくなってきている。社会科学は昔から何が正しいかなんて分からなかったんですが、その程度、度合いが増している。経済学でも政治学でもモデルを作るためには前提となる仮定があってそれは単純化されているのですけれども、その単純化ではいよいよ複雑化をとらえられなくなって、というのは変数がどんどん増えて、それを少しでも取り入れていこうとすると、カオスの合理化・単純化には限りがありますから、ますます複雑化する現実との誤差、裂け目の度合いが増えて覆いがたくなってきて、「前提が現実と違っていましたから学問それ自体としては間違っているとは言えないので学者には責任ありません」みたいな逃げ口上ばかりうつことになってゆく。そうやって居直りはじめて、ついには「御用学者」化、つまり学者はお金をもらえるところの言うことを聞く「ひもつき」になり、客観的評価ではなくて、いろいろな意見に「そういう意見もこういう前提に立てば成り立ちますよ」と、限定的な「お墨付き」を、さも限定的ではない完全な「お墨付き」のように装いつつ、まあ、偽装表示みたいなもんだと思いますが、それは言い過ぎですけど、でもまあそんなふうにも形容したくなるレベルで、与えるのが仕事になって、研究費をもらって喜ぶ。そんなものになってきているわけです。

 昔、ナチスを批判するときにブレヒトがいろいろお芝居をつくりましたけれども、今はブレヒトのお芝居に出てくるような学者ばかりの世界になっていると思います。アメリカとか日本の学者を見てもよくわかると思います。

 まあ、ひどい言い方ですみませんが、そうやって実質的に民主主義が崩壊しつつあるのが今日であるかのように私には見えるんですが、つまり教育を受けてマスコミの提供する情報に接して知識人や学者の意見をいろいろ聞いていると、それなりに判断できるという近代民主主義社会の大前提が大きく崩れているので、実質的には民主主義は困ったことになっているんだけれども、それでも形式的な民主主義は生きておりますね。つまり支持率や選挙というものがあって、その数字しかとりあえず現実に正当性を与えない。そのかたちでは民主主義は今日も日本では機能しております。そこから、人気取りのためのキャッチフレーズ化、単純化、刹那化、極端な図式化が進行して、実は政策的選択肢が狭まっているのに、他党との差別化を保つために見てくれがどんどん大げさになって、自分たちは違う、違うとお互いの政党が言い出して、そこに民衆の理解力の程度がセットになるとポピュリズムの問題が起きてくるとわけです。

 さて、さきほど、国家の経済的なアクターとしての能力は低下しつつあると申しましたが、一方で、社会的管理能力は、IT化などの技術の進歩によって、監視社会などと言われるように向上しつつあるんですね。イメージとしては「電通+シュタージ」とでも言えばいいでしょうか。つまり国家というものは一方で非常に強力になって、一方で非常に脆弱になっている。アンバランスなところが今あると思うんです。

 その問題にも深入りしたいのですが、とりあえずとばしますと、とにかく、思想的対立をなくして政策的対立だけにして保守二大政党にすればうまく行くといって、政治を改造しようとして、その路線では時代の流れがその方向ではすくいきれないと途中で分かったと思うんですけれど、修正する力が弱くて、あるいは修正しようにも改めてどういうイデオロギーを錦の御旗にすればいいか自信が持てなくて、もう四半世紀もですね、この国は保守二大政党になるように政界再編だとばかりいってきた。でも政策で対立しようとしても、経済について言えば、先ほどから申しているように選択肢がない。だから政党の差がなくなってくる。思想の力を無視してきたから、今みたいな改憲か護憲かみたいなことで、いろいろ若者とかが盛り上がっても、政党などの社会的な、政治的なまとまった受け皿というものがなくなってしまっている。と、憲法の話になりましたけれども、この面でも政党政治、代議制民主主義が機能しない状況になっている。政党というのは民意をまとめて議論する枠組みを提供するためにあると言ってもいいのですが、保守二大政党論以降の新しい政党のかたちは、是々非々主義で現実的に、今、役に立つ政策で勝負、ということばかり言ってきましたから、思想的、根本的議論ではまったく求心力を発揮しない。いまの日本の最大野党も現実主義を掲げて「改憲」を視野に入れている政党でしょう。巨大な「護憲政党」って今の日本にはないなんです。ソ連が崩壊して中国も実質的には資本主義化してゆく。もうイデオロギーの対立の時代は終わった、現実の政策で争う時代だ。でも政策はせばまってくる。大したこともできなくなってくる。それでも二大政党だと言って争うために争う。これが「いつか来た道」ということなんですね。

 日本近代史をふりかえりますと、普通選挙法が1925年にできましてから、日本は保守二大政党の時代を迎えて、それがたちまち崩壊した歴史というのがあるわけです。つまり、世界大恐慌が1929年からですけれども、その直前に日本では普通選挙法が成立して25歳以上の男子がみんな投票できる選挙になったんですけれども、それで衆議院選挙を何回かやっただけで政党の指導者が暗殺されても政党の信用が失墜しているから国民の多くが暗殺者に喝采をおくるという時代になってしまった。

 これは一般的には軍国主義とかファシズムというふうにいいますけれども、歴史を実際に見てみれば、世界大恐慌期ですから容易には解決不能な経済的・社会的な問題が山積しているのだけれども、政党は選挙の度に、当時の日本の二大保守政党の民政党も政友会も自分たちに投票すればすぐ「チェンジ」だとさかんに言ったんですね。普通選挙で選挙人が増えて、制限選挙の買収から宣伝へと選挙戦術が変わったと言われましたが、「口先三寸選挙」とも言われましたけれども、とにかくすぐ何とかになるということを大げさに言う政治家がたくさん出た。政敵を党利党略のために攻撃するようにしか見えないような形での選挙というのを何回か繰り返したら、もうその後は井上準之助でも濱口雄幸でも犬養毅でも、殺されるとみんな喜ぶような時代にすぐなってしまったわけでございます。これは驚くべきスピードで起きました。

 ということで、政党政治が政党の誇大宣伝によって、実現不能な公約の連発によって、機能しなくなっていって、誰もどうしたらいいか分からなくなって、不安に駆られて、政治的ニヒリズムとポピュリズムが支配して戦争の時代へ、という歴史が日本にあって、それと今日がダブるところがあるように思うんですが、ここで少し整理しておく必要があるかと思うのはイデオロギーの問題なんですね。私は、戦前の日本では戦争をしたいというイデオロギーが支配的になったことはなく、現実主義のつもりで、政策でばかり、目先のことでばかり考えていったら戦争という選択肢しか残らなくなって、思想的な歯止めもついにかからなかったというふうに考えた方が分かりやすくなると思っているのですが、いまの改憲の方向の議論も「自民党が戦前のイデオロギーに回帰したいから、そういうことを言っている」とばかり考えると、うまく見通せない面もあると思うのです。つまり福祉国家の行き詰まりが福祉の逓減になって、戦後民主主義の根幹にある基本的人権の尊重、ここを人権→生活権→福祉と引っ張って、高度福祉国家が戦後日本の道とすると、その根幹がもたなくなってくるので、この面でリアリスティックに考えると憲法と現実の整合性がとれなくなってくるのではないかというのがひとつ。もうひとつは、日米同盟が戦後日本の現実を支えてきた根幹だと考えると、それをもたせるための細工が今まで通りには行かなくなって、自衛隊が米軍に協力する幅を「集団的自衛権」にまで拡大しないと日米関係がもたないのではないかと思われ、この現実主義的要求を通すためには「平和憲法」が邪魔だというのがもうひとつ。つまり、イデオロギーの時代が終わったからなんでも現実主義で、政策的に、目先がとりあえず取り繕えればということばかり考えるというところから、憲法という大きなものまで変えるのも当然だという発想も出てくる。それに立ち向かうのは戦後民主主義の近視眼的にははかれない思想としての普遍的価値を擁護するという立場のはずなんだけれども、これはつまりイデオロギー的立場ですから、護憲の若者も出てくるように国民の中にはそれは価値として大きく残っているのだけれども、その価値を代表する大政党が1990年代以降の政治の流れの中で壊れてしまっているので、それが政党政治の不全である、大問題であると申したいのです。そういうリアリズムのつもりから出てくる改憲の欲求は、所詮は今だけにこだわる近視眼的な欲求ですから、つまり現実をふまえてリアリズムで考えればそうなるんだというのは、今、目先の話だけで考えているということにすぎない。日米関係を守るのが最善というのは、中長期的に見たら本当か、未来にもあてはまるのか曖昧性をはらんでいる。そのために戦後日本の国是の絶対平和主義を相対的なものに変えていこうというのは、たいへん危うい話ですね。

 と、冷戦構造崩壊後のイデオロギーを忘れた時代が少なくとも日本では長く続いて、それゆえに目先への政策論的対応がすべてに優先するかのような態度が当たり前になって、ところが有効な政策というのがなんなのかも分からない時代になっていて、そのカオスの中で、「改憲」のような大問題も、戦後憲法にまつわるいろいろな歴史を根こぎされてしまい、今目前の現実に合わないからという「政策論的要求」でもてあそばれているところがあるのではないか。そんな筋書きはひとつあるというつもりでおはなしいたしました。

 しかしですね、やはりそれだけではないんですね。自民党の改憲論は、福祉国家像を改変することと日米関係を持続することという二つの政策的な欲求から出てくるところも大きいと思いますが、それだけではなく古いイデオロギーと噛んでいる部分もある。そこで重要なのは現代日本政治における圧力団体、利益団体のありようで、それはレジュメの「政治史のデッサン2」の部分ですが、そこは見ていただいて、その先のレジュメの中の「日本と立憲主義の伝統的緊張」の部分にだけ、簡単に触れて終わりたいと思います。

 いきなり話が飛躍しますが、護憲の方の当然の前提となっている近代国家における近代的な憲法のありよう、戦後民主主義の中で当たり前と思えるはずのことが、実はあんまり当たり前じゃないということが、今、とても重い問題としてあると思うんですね。

 これはつまり近代対反近代という話なんですが。明治憲法の時代に遡れば、一方には美濃部達吉のような西洋近代の土俵に明治憲法を載せて説明し尽くす解釈があったのですけれども、そういう近代主義的憲法理解に対して、穂積八束のような反近代主義的憲法理解もあったわけです。つまり、明治憲法というのは、近代憲法の体裁はとっているけれども、その憲法という言葉は、西洋近代のコンスティテューションというのとは実は違っていて、日本特有の憲法という概念に基づいた西洋とは似て非なるものであって、美濃部達吉みたいに欧米と一緒にして議論するのはおかしいという、そういう立場ですね。では穂積八束から上杉慎吉の憲法学に受け継がれて、ついには「天皇機関説事件」で近代主義的憲法学説を日本から葬った、憲法に対する日本独自の態度は、戦後の日本国憲法の時代になってなくなったかというと、そうではなくて引き継がれているところがあると思うんですね。日本の国柄に西洋近代流の憲法の概念はなじまないとか、いろいろな自民党の政治家の片言からたくさん出てくることだと思いますが、戦後憲法を否定するような運動、近代の否定ということをずっと掲げてきた勢力というのがあって、この持続力と影響力というのは、私は決して看過すべきものではないと思うんです。

 つまり、この国には現代日本の憲法学が当然の前提とみなしている近代の常識が通じない人々がたくさんいる。その意味で日本において近代は相変わらずかなり未完だという言い方をしてもいいと思うんです。どんな近代的な国家でも、近代というのは未完性をもって常にあるわけです。民主とか自由が理想通りに実現している国はないですから。だからどこの国も未完なんですが、「未完率」という変な言葉を使うなら、日本の「未完率」は、正確にはわからないけれども、かなり高いでしょう。その「未完率」はさきほど申した「公民の崩壊」みたいなこととも関係しますが、それだけでなく「伝統的価値観」の問題とも関わっている。自民党には「伝統的価値観」を代弁する圧力団体がついていて、それと先ほど申した「改憲への政策論的欲求」かぜ組み合わさって、ぬえのようになっている、というのが今日の状況ではないでしょうか。いや、「未完率」のことにもどりますと、その高さは今の政治家の憲法を巡る発言やそれをおかしいと思わない国民が多数いるということに端的にあらわれております。圧力団体にひきずられているとばかりも考えられない。日本に近代は根付いていない。戦後、もしかして根付きかけたのかもしれないけれど、その後、また弱まってきた。そう考えるしかない。

 結局、「近代の常識が日本でも常識」と「近代の非常識が日本の常識」という二つの立場の対立が、今、日本で起きていると思うんです。「近代の非常識」というのは、日本では幕末の攘夷思想から戦時期の「近代の超克」を経て、特に1980年代以降のあるいは保守的なポストモダン思想からずっと長く手厚く支持されてきたボリュームがあって、「近代の常識が日本の常識」の方の立場の人は実はこの日本でもしかして半分もいないのではないかと私は思います。そうでないと、ここ何年かのこの国の状況は理解できません。

 しかも、この「近代では非常識なのが日本の常識だ」と言っている人と、どういうふうに言語を合わせていくかということは、とても困難だと思うんですね。国論の分裂です。同じ国の中なのに、言語の通じない人間がこんなに出てきてしまって、自分の都合のいいメディア、たとえば産経や読売しか読まない人、朝日しか見ない人、自分の好きなブログしか読まない人というように全部分かれている。そして、自分の言っていることと同じことを言っているから頷き、他人もみんなそう思っているんだろうと思っている。全然違う人がたくさんいて、行く場所によっては全く言葉が通じないということが起きているのが現状だと思うんです。

 と、いろいろ申して恐れ入りました。こんなところです。

松平 それでは、島薗さん、よろしくお願いします。

島薗 ありがとうございます。もっと片山さんのお話を聞きたいような気持ちです。今、最後のほうでおっしゃったところが、私の問題意識にも通じるところと感じます。

 さて今日の題は、「戦後日本と立憲主義・民主主義――その緊張関係」、この「その」とは何の「その」なんだろうということで、最初の川村さんの説明では、立憲主義と民主主義の緊張関係とおっしゃったと思うんですが、私はむしろ戦後日本と立憲主義や民主主義との緊張関係というところでお話をしたいと思います。

 戦後への不満。これはフロイトがCivilization and Its Discontentsというふうに英訳される本を晩年に書いています。文化と不安なもの、不快なものなどと訳されていますが、それをちょっと応用した題になっております。つまり、戦後は向かうべき方向とされるものへ向かって進んでいるようだけれども、それには基本的に納得できないというか、居心地が悪いというか、何かよくないところがあるというか、そういう反発がいろいろな層であったということです。実は私、戦後世代そのもので昭和23年生まれなのですが、戦後70年というと自分の人生と大体重なってしまうので、戦後日本と自分はどういう関係にあるのかということは、いろいろな折に自分に尋ねてきたところがあります。

 例えば、学園闘争あるいは大学紛争のころ、駒場でうろうろしていたときというのは、学生たちが戦後民主主義批判ということを叫んでいる状況でした。マルクスを掲げて、「ブルジョア民主主義を超える」ということを言ったり、あるいはここら辺に垂れ幕がかかっていて、ハイデガーの言葉を引いて、「世界内存在に風穴をあけろ」なんていっていた。実存主義というのがすごくはやっていた。そんなふうな状況でありました。

 そんな中で、何を感じたか。話は飛びますが、現在の安倍政権というのは、支持勢力の中で、一方では日本会議というのが目立つ。それから、もう一方では、創価学会がある。この両方の集票能力というものを外したら、ほんとうに弱い選挙だと思うんですが、その集票能力は相当ばかにならないんです。ではそういう勢力というのは、戦後日本にとって何だったのかということになると思います。私は、全共闘運動の頃に、吉本隆明とか鶴見俊輔とか、あるいは民衆思想研究の色川大吉さんや、この間亡くなられた安丸良夫先生といった方の影響を受けながら、やはり知識人が外国の思想を学んで何かを言っていても、一般民衆の考えとずれているのではどうもしようがない、そこを何とかしなきゃいかんという考え方に非常に共鳴をいたしました。それで民衆思想研究、宗教運動研究をやりました。それが今まで、つながってきてしまっている感じがしているわけですが。

 例えば、私は1992年に『救いと徳』という本を編集しましたが、これは修養団捧誠会という団体を扱った本です。今は1万人もいないぐらいの小さな団体ですが、天理教と関係がある団体です。生活保守主義のようなところに基軸がある団体です。名前が示すように「修養」ということを言っています。一人ひとりの心の中が大事だと。私は「心直し」と言っていますが、他者に対して敵意や悪意を持つことをやめましょうと教える。そして、心を清らかにする。これは一方で、仏教とかキリスト教に通じるような宗教的倫理に通じるようなものがあり、他方で国体論に通じるようなものでもあるという世界です。

 その中にいる人たちは、政治的な立場を聞くと、またいろいろであると。教祖も政治的なことはあまりはっきり言わないところがあるけれども、日の丸・君が代は大事にするというような団体です。しかし、アンケートを取ってみると、憲法9条については、まだ甘過ぎると。もっとしっかり平和主義しなくちゃいけないという人が多いのですね。

 こういう意識に対して、いわゆる戦後民主主義というのはどういう関係にあったのか。そこがうまく接続していないというか、先ほど片山さんが、違う言語があると言っていたんですけれども、そこのつなぎということが必要だったんじゃないかなと思っています。一方で今度は、知識人といいますか、学問を学んだ人、特に人文社会系の学問をやった人は、現在の世界の最先端の理論を学んできているわけですが、その中でも近代主義に対する、近代の超克というのが戦時中にありましたけれども、それを引き継ぐような議論をずっと続けているわけですね。その中では、民主主義や立憲主義は大前提になっていて、ちょっと安心している。なぜ立憲主義、民主主義なのということは横に置いといて、それに対する不満を言っているというふうな感じだったという気がします。

 そこで私はいろいろな宿題があるんだというふうに思っています。この2年ぐらい、安倍政権になって、実は宿題だったんだけれども我々が直視してこなかったことが非常によく見えるようになってきた。そこで立憲主義という言葉も、我々にとってたいへん身近になったんです。これを京大名誉教授の佐藤幸治先生は『立憲主義について』という本の中で、戦前の日本ですが、立憲主義と神権的国体論が対立してきたんだとまとめていらっしゃいます。これは憲法学の先生方にとっては、かなり共通の雰囲気だと思うんですが。私は、結局日本の近代の宗教というのは、一方で独自の道を求めながら、他方で国体論と結び付いた国家神道というものの陰のもとにあると理解していまして、つまり国家神道的なものと立憲主義というものがどういう関係にあるかということが、近代日本の精神史を理解する機軸として非常にわかりやすいと思います。それがしかし、よく見えていなかったところがあると思うわけです。

 国家神道という言葉は、戦後にいろいろな議論があって、学問の中では意味がわからないようにされてしまっていたところもありますが、もう一度立憲主義という言葉がハイライトされるようになったおかげで、国家神道という言葉の意味が、またよく見えるようになってきた。山崎雅弘さんという軍事史研究家が「戦前回帰」とまとめていらっしゃいますけれども、これは私はかなり当たっていると思っています。つまり、占領や憲法の前の時代に戻る、それが日本人のモラルの荒廃や、現代社会で日本が失ってしまった精神的価値を取り戻す鍵だと、ということを戦前回帰という言葉で言ってもかなり当たっていると思います。

 ですが、にもかかわらず――にもかかわらずというか、だからこそかもしれませんが、なぜ私たちにとって立憲デモクラシー、あるいは立憲主義というものが不可欠なものであるかが強く感じられる。ではそれを、どう論ずるか。それらは外から押しつけられたものだという人たちに対して、なぜ立憲主義、民主主義でなければならないのかということを、それは常識なんだと押し通すのではなくて、なぜそうなのかと議論するには、やはり日本の文化・伝統との関係をはっきりさせる必要があるのではないか。

 つまり、国家神道というものが、日本の文化・伝統の中でどういう位置にあったのか。そして、それとは違う立憲主義、民主主義に通じる伝統がどういうふうにあるのかということを見ていく。この問いが身近に迫っていています。

 私は今、上智大学に籍をおいていますが、上智大学の講義には、「キリスト教と人権」というのがあります。そういう西洋の柱となる宗教的・文化的伝統と、立憲主義というものをどう関係づけるかは見当がつく。西洋の精神文化の伝統と関連づけて基本的人権を教えると、どういう授業になるか。これは我々もよく想像ができる。

 しかし、それを仏教とか儒教とか日本の神道とか、そういうことと結びつけて議論することは非常に必要だと思うのですが、そういう授業があるか疑問です。あるいは、そういう学問的業績がどれほどあるかとなると心もとない。

 もう一つは、近代の思想についてどう考えるかということです。樋口先生のご本の中にも、近代日本の思想の中でどういう多様な可能性があるかというと福沢諭吉とか中江兆民とか興味深い指摘がいくつも示されておりますし、こちらのほうはある程度豊かな過去の蓄積があると思います。しかし、歴史的経験を経てこう考えるようになったという理解はどうか。つまり、第二次世界大戦、アジア太平洋戦争の経緯、それは海外に対して非常にひどいことが行われたということもある。けれども、ナショナリスティックなものがベースにある、日本の国民の間では、やはり日本の人たちをどういうふうに破滅に追い込んだかという問いがはずせない。戦前の日本のあり方がどうして多くの国民を無惨な死と苦難の生活に追い込んだからという、そういうタイプの議論がもっと必要であると思います。そこの中で、なぜ立憲主義、自由主義、民主主義という立場を我々は選び取らざるを得ないのかという、そういう議論が必要なんじゃないだろうかと思っております。

 以上で、私の話を終わりにします。

樋口 私は、皆さんにお渡しするメモのかわりに、横着をいたします。松平さんのメモで、私がやってきた仕事の「功績」を挙げ、そのあと、「限界」を指摘されております。功績も限界も、それぞれ概ねそのとおりです。

「限界」については、私はいつも申すのですけれども、およそ人が考えることで、無限界のものはない。憲法改正には限界があっても、思想には必ず限界がある。限界がない思想というのは無節操か、それとも何か妖怪かお化けかだろうと・・・。

 ではまず、松平さんが指摘してくださっている私の「限界」について話します。ひとつは「民主主義の問題性の過大評価」があるということ。私が民主主義のここがだめだということを大げさに言い過ぎているんじゃないか。もうひとつ、立憲主義のほうは、だめなことの「過小評価」。立憲主義を褒め過ぎているんじゃないか。それは全くそのとおりです。

 そして、それには私としては、もちろん理由があります。なぜか。民主主義の問題点を過大評価しているのは、私の考える限り、民主主義がこの日本でも過剰であったという認識を持っているからです。55年体制に対して、仲間の中では私は例外的に高い評価をしていることを含めて、できれば時間をとって説明したいと思いますが、過剰だから悪い面をあぶり出す。

 立憲主義についてはどうなのか。立憲主義、民主主義に限らず、1つの言葉というものは、言葉に対応する実態が欠落してゆくときになって、あるいは、壊されるというときになって、ようやくその言葉の意味が、あるいは言葉自体が耳に入ってくる。

 これを私どもはこの3年半の間に体験しております。そうなると、憲法研究者としては、立憲主義という全く当たり前のことを人様の前で繰り返さなくちゃいけない。それは少なくとも私にとっては大変苦痛な3年間でありましたし、今でもそうです。そこで今日は、立憲主義のアポリアのほうの話をしたいと思います。

 立憲主義の起源をさかのぼればそれは言うまでもなく、801年前、1215年のマグナ・カルタですね。立憲主義を権力の制限という一番単純な定義でここでは済ませておきますが、あのときは王様と封建領主との間で成立する権力の相互制限です。つまり、当事者は実力を持っていた。

 それより一般に、西洋中世の封建制下では「君、君たりて臣、臣たり」というルールが、封建領主と封臣の間でも、王権対封建領主の間柄よりは少し縮小された意味での権力、実力相互間に成り立っていた。それが中世立憲主義です。

 ところが、いきなり飛んで1789年、人権宣言に行きますと、その16条で有名な「憲法」の定義があります。権利保障と権力分離です。しかしここでは、権利を保障される側の個人は、実力を持っていない。身分制の解体により、原則的には自分を守ってくれる盾が壊されてしまっている。そういう丸裸の個人、徒手空拳の個人が、もはや万能に見えるものになった国家権力に対して、一体どれだけつっぱれるのか。

 確かに大変な難題を、当時の人々も意識せざるを得ない。フランス革命は革命である以上、断絶を強調するのですけれども、断絶を強調する同じその口で、何かに戻っていきたい。戻っていって、再び生まれるんだ。Régénération という言葉は、実は、これがほかならぬ敵方のカトリックの考え方の1つの反映です。カトリックを切り離したはずなんですけれども、それはあくまでも教会、権力主体の教会を切り離そうというのであって、アベ・シェイエスのような個々の聖職者は現に革命議会の中にいるわけですし、個人としての聖職者たちをどうやって抱え込むかというのが課題だったのです。

 結局、それは失敗するのですけれども、それが1世紀後の、皆さんご承知のライシテ=政教分離になってくるわけですね。ところが、そのライシテは、考えてみれば、身分制から解放されたそれぞれの人間にとっては、カトリックは自分たちを育んでくれた文化、つまり産みの親なのであって、それからも距離をとるという、大変人為的で緊張に満ちた仕掛けなのですね。

 キリスト教自身が、これは文字どおり別の次元で、ポール・クローデルの「クリストフ・コロン」、あの芝居を私は若いときに見て、ジャン・ルイ・バローの今でも印象に残っている台詞があるのですけれども、「父親を去れ、母親を去れ」。去れというのは切れということですね。そして、自分のところに来いというのがキリストです。少なくとも私の理解したキリスト教ですから、いわばそれの二重写しですね。1つの文化として、そこから育ってきたキリスト教教会から意識的に距離をとる。足元がふらつかないはずはない。

 だから、いざ危機の時代になると、悲劇的な場面が出てきます。悲劇的、しかし、英雄的。例えば高名な歴史家のマルク・ブロックが、レジスタンスの地下活動に入る前にしたためた遺書で、自分の生まれ、自分のアイデンティティーになっていたかもしれないユダヤ教ではなくて、無宗教で葬ることを言い残した。自分はユダヤ人として生まれたかもしれないけれども、あくまでもフランス国民の1人として死ぬんだ。ライシテが形成するようなフランス共和国の1人として死ぬんだということを言い残しております。マルク・ブロックはライシテ、フランス人のいう「共和国」(レピュブリック)という、人為的なものに自分の生命をかけるわけでしょう。

 ぐっと下って、ハーバーマスのVerfassungspatriotismus、憲法愛国主義はどうでしょうか。これはフランス人にとっての「共和国」に当たるのでしょう。戦後の西ドイツにとっては、もはや「血と土地」、民族だとは口が裂けても言えなかったのですから。

 一時期は「マルク・ナショナリズム」、つまり経済的成功をアイデンティティの支えとする勢いもあった。日本で言えば、「経済大国ナショナリズム」、もはや西洋に学ぶものはない、というのと共通でしょう。
しかし、今やマルクはユーロになった。そうかと言って「憲法」愛国主義ではハートに訴えるもの、じーんとくるものがないという不満は以前からありました。そうであっても、今現在、外国人の大量流入という危機への対応として、EUの中でドイツが相対的にせよ、一番しっかりしているのは、憲法パトリオティズムの、いわば効果がいまだに期限切れになっていないということではないかと思います。

 それでは日本はどうかということについてですが、私にとっては解答はありません、正直に言って。1つの解答が、2012年の自由民主党憲法改正案の前文に出てくる、日本的なるものへの回帰ということですね。

 彼らなりの解答案が出てきているわけですけれども、中江兆民の『三酔人経倫問答』流に言えば、私はそれに対しては、あくまでもいわば洋学紳士として、「人類普遍の原理」(現憲法前文)の旗を立て続けて対峙する。

 いろいろ役回りがありますから、まっとうな豪傑君になって対峙する方も、ぜひ出てほしいんだけれども、私は洋学紳士として、と思っております。  アンドレ・マルローが、「21 世紀は宗教の世紀か、それとも無であろう」“Le XXIème siècle sera spirituel ou ne sera pas.”と言い残しています。そのような択一を迫られないためには豪傑君、洋学紳士、そしてもとより南海先生、それぞれに自分のできることをやる以外にないというのが私の解答です。

第1部後半はこちら

(2016.06.29)

ページトップへ