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講演会
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集英社新書『文明開化は長崎から』(上・下)刊行記念
広瀬 隆 講演会リポート

『文明開化は長崎から』
(上・下)
広瀬 隆

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「文明開化といえば明治維新」は大間違い。江戸時代、世界に開かれた唯一の扉「長崎」から、日本の近代化は始まっていた──。日本の近代化に貢献した知られざる先駆者たちの業績を丹念に掘り起こし、日本近代の産業史、技術史、文化史を再構築した広瀬隆さんの大作『文明開化は長崎から』(上・下)。本作の刊行を記念して、去る一月三十日に、東京・神田淡路町のワテラスコモンホールで講演会が行われました。この日は都心でも雪が舞う寒さの厳しい一日でしたが、ホールには、開場前から長い行列ができました。熱心な読者の方々が集結した講演会の模様をリポートします。構成=砂田明子

維新の志士ではなく、本当に偉かった人たち

 広瀬隆さんご自身も十回読み返したという本書の執筆の動機から、講演は始まりました。

 今日は雪の中お越しいただき、ありがとうございます。実は一月三十日というのは西暦で、大石内く 蔵らの助すけらの赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした日なんです。元禄十五(一七〇三)年、旧暦では十二月十四日ですね。だから私は、今日は雪が降るだろうなと予想していました(笑)。
 さて、この本は四百字詰め原稿用紙で二千四百枚を超える長い本なのですが、私は書き終わってから十回読み返しました。自分でもこんなことは初めてなんです。なぜ読み返したかというと、面白かったから。要するに、日本人でありながら、そして七十年以上も生きていながら、知らないことばかりだったんですね。
 文明開化というのは明治維新から始まったものだと、我々は頭に刷り込まれてきたわけですが、調べてみると全然違うんです。実際は、はるか前から始まっている。安土桃山時代に南蛮文化を導入したことで始まり、江戸時代になると、出島のある「長崎」を中心に、徳川幕府のすぐれた幕臣たちや、長崎の先人、先見の明のある学者や技術者たちが近代的な文明を受け入れ、知恵を絞って、花を咲かせていったのです。
 幕末から明治にかけて活躍した「維新の志士」たちが近代化を進めたなんて、とんでもない話。彼らは「尊王攘夷」を唱えて刀を振り回していた下級武士たちです。攘夷とは「外国を排斥すること」ですから、海外の新知識を拒否した人間たちに文明開化などできるはずはないんです。維新の志士たちは、それ以前から努力してきた人たちの果実を盗みとっただけなんですね。彼らの何人かは明治政府の中枢に入ったために、現在ではNHKの大河ドラマなどによって偉人とされていますが、本当に偉かった人は誰なのかを私は書きたいと思いました。
 執筆に当たり、私は長崎に何度も通いました。素晴らしい街です。景色は美しいし食べものは美味しい。だけれども、ご存じの通り長崎は原爆が投下され、一瞬にして七万人以上の命が消えた街です。その際に、貴重な歴史の資料なども失われたんですね。今回、様々な方面の方の協力を得てこの本を書き上げることができたわけですが、そういう場所の歴史を私たちは知るべきだし、残しておきたいという気持ちもありました。

本木良意、志筑忠雄、高島秋帆…… あなたは何人知っていますか?

 ここからは、本書に登場する偉人たちの紹介です。名前と業績が一致する人がどれくらいいますか? ──広瀬さんの問いかけで、会場は盛り上がりました。

 この本では、医学、天文学、地理学、兵学、生物学など、分野ごとの真の先駆者たちの業績や生き様を書いております。ここで、みなさんにお伺いしましょう。これから私が言う名前をご存じの方は手を挙げてください。
 まずは「伊東マンショ」。ほとんどの方がご存じですね。十六世紀の天正遣欧少年使節の主席正使で、グーテンベルク式の印刷機を日本に持ち帰ってくれた一人です。では「本木良意」を知ってる方。ぐっと減って、一割にもいかないくらいですね。十七世紀に、我が国で初めて解剖学書を翻訳した人です。有名な『解体新書』が出る百年ほど前に、すでに翻訳書が出ていたんですね。
 次に「本木良永」。これも少ないですね。挙げているのはすでに本を読んでくださった方かな。我が国で最初にコペルニクスの地動説を紹介した人です。「志筑忠雄」はどうでしょう。数人ですね。ニュートンの万有引力を解説した天才中の天才なんですけどね。
「高島秋帆」は多いんじゃないかな。やっぱり半分くらい挙げていますね。西洋砲術を確立した人ですね。次も多いと思います「上野彦馬」。これも半分くらいかな。日本初の商業写真師です。それから「トーマス・グラバー」は絶対知ってますよね。はい、ほとんどの方が挙げている。長崎の名所・グラバー邸で有名な貿易商グラバーの最大の功績は、日本で初めて蒸気機関車を走らせたことです。一八六五年のことでした。
 あと少しお聞きします。「本木昌造」はどうかな。知らないですね。明治に入ってからですが、我が国で初めて活版印刷を確立した人です。「陽其二」も……知らないですよね、挙げてる方は三人かな。日本初の日刊新聞を刊行した人です。
最後、ほとんど知らないでしょう「松田雅典」。日本で最初に缶詰を作った人で、本木昌造の実弟です。以上すべて江戸時代を中心に活躍した長崎の人なんです。
 こうした素晴らしい人たちについて本には詳しく書いていますが、もちろん長崎の人だけではありません。長崎に入ってきた近代文明をもとに学んだ人は日本全国にいました。例えば大坂の「麻田剛立」、「高橋至時」、「間重富」といった天文暦学者たち。江戸時代にこんな天才がいたのかと私は驚嘆しましたね。彼らの弟子が、実測による日本地図を完成させた「伊能忠敬」です。
 伊能忠敬の記録を読むと、一日に十里、二十一日歩いているんです。十里って四十キロですよ。フルマラソンの距離。三週間、毎日フルマラソンの距離を、しかも測定しながら歩いたというのは信じられないんですが、そうした苦労の末に、実測地図はできあがったのです。

天涯孤独を生きた偉人たち

 多くの偉人たちのなかでも、日本の近代化を体現した人物を挙げるとしたら、私が真っ先に思い浮かぶのは長崎の「上野彦馬」と「高島秋帆」です。二人について詳しくお話しする前に、なぜヨーロッパ人たちが日本にやってきたのかを簡単に述べておきましょう。
 日本に西洋文明が入ってきたのは一五四三年、ポルトガル人による鉄砲伝来です。その後、スペイン人、イタリア人、オランダ人らが続々とやってくる。ヨーロッパは大航海時代で、彼らには「霊魂と胡椒」という二つの野望がありました。つまりキリスト教の布教(霊魂)と、もう一つは香辛料(胡椒)です。実は当時地球は非常に温暖化していて、今よりはるかに高温だったのです。ゆえに、腐敗を防ぐ作用があるとされる香辛料が高値で取引されていました。
 江戸時代になると、キリシタン勢力に危機感を覚えた幕府は、布教活動に熱心だったスペイン、そしてポルトガル船の来航を禁止します(一六三九年)。その後はオランダとのみ、長崎の「出島」に限って貿易を続けました。この状態を「鎖国」といいますが、日本は国を閉ざしていたわけではありません。キリスト教の布教を禁じると同時に、貿易の利益を幕府が独占するのが日本の鎖国でした。
 日本にとって運が良かったのは、十七世紀のヨーロッパにおいて、オランダは一番の先進国だったことですね。その最先端の国の文明を懸命に吸収した一人が、我が国初の商業写真師「上野彦馬」です。
 みなさん、坂本龍馬の立ち姿の写真を一度は目にしたことがあるでしょう。あの写真を撮影したのが、一八六二年開業、彦馬が当主を務める「上野撮影局」です。彼は、現像に必要な化学薬品を自らの手で作るなど、優れた職人でした。また、写真における絵画的なコンポジション(構図)も大変魅力的です。
 もう一人の長崎のスターは、会場の多くの方もご存じだった「高島秋帆」。一八三五年、ペリー来航の十八年も前に西洋式大砲を製造した男です。秋帆が西洋砲術を確立できたのは、天文学や物理学をはじめとする新しい文明が長崎にあり、秋帆が早くからそれらを学んでいたからですね。秋帆は一八四一年に、幕府の命を受けて、我が国初の西洋式の軍事調練を行っています。ドカーン、ドカーンとやったものだから大名たちはたいそう驚いた。その場所が現在の東京・板橋区の高島平。秋帆にちなんで名づけられた地名です。当時の大砲は青銅でしたが、その後、シーボルトの門弟らが製鉄技術を導入して、一八五二年、ペリー来航の一年前に、鉄製大砲の製造に成功しました。
 話は尽きませんが、あとは本を読んでいただくということで(笑)。書いていて感じたのは、偉人たちはみな、孤独の中を生きていたということです。幸運を射止めた人もいますが、悲痛な最期を遂げたり、認められぬまま人生を終えた人も多かった。けれどもひとつの物事に打ち込むということは、天涯孤独と向き合うことなんですね。これまであまり注目されてこなかった彼らの人生を、この本によってたくさんの人に知っていただけたら幸せです。

 二時間にわたる講演は終了となり、その後はサイン会が開かれ、多くの方が広瀬さんのサインを求めていました。

日本の近代化を進めた、 知られざる異才・天才・俊才たち
〜本書の主な登場人物〜

上巻
「天文学・物理学・言語学を究めた不世出の天才」志筑忠雄
「ヨーロッパ流の外科術を導入した」楢林鎮山
「コペルニクスの地動説を紹介した」本木良永
「銅版画で世界地図を描いた」司馬江漢
「顕微鏡で観察した植物や昆虫の拡大図を刊行した」森島中良
「西洋天文学を取り入れた暦を作成した」高橋至時/間重富
「わが国で最初に静電気を科学的に研究した」橋本宗吉
「宇宙には無数の恒星が存在することを示した」山片蟠桃

下巻
「大砲を製造し、西洋砲術を確立した」高島秋帆
「写真術の先駆者」上野彦馬
「初めて西洋の化学を体系的に紹介した」宇田川榕庵
「蒸気機関のメカニズムを図解した」川本幸民
「近代製鉄業の生みの親」大島高任
「活版印刷の開祖」本木昌造
「初めて反射望遠鏡を製造した」国友藤兵衛
「全国に種痘を普及して人命を救った」日野哉/笠原良策

ひろせ・たかし作家。
1943年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、メーカーの技術者を経て執筆活動を開始。著書に『東京に原発を!』『資本主義崩壊の首謀者たち』『二酸化炭素温暖化説の崩壊』『原発ゼロ社会へ! 新エネルギー論』等多数。

『文明開化は長崎から』(上・下)刊行記念 広瀬 隆 講演会リポート

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