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第3回 「保安処分と措置入院

 「保安処分」という言葉をご存じだろうか? 「保安処分」とは、将来起こすかも知れない犯罪を予防するため、既に犯罪を犯した経歴のある精神障害者を強制的に入院、治療する司法上の処分のことを言う。最近では、表現をやわらげて、「刑事処分」とか「治療処分」などと言うこともあるが、精神障害者に関する議論で使われるかぎり、意味するところはほぼ同じである。
 本来思想的対立とは無縁のはずのこの問題が、70年代から80年代にかけて、左右両陣営の対決を象徴するキーワードの一つとなっていた。社会防衛のために、導入を主張する右派と、人権侵害を叫んで阻止に回る左派という構図である。
  反対派の論点は二つ。一つは、本来責任能力が無く無罪放免とされるべき人間が、"将来の危険"に基づいて身柄を拘束されるのは憲法違反の人権侵害ではないか?という点。もう一つは、この拘束権を国家に与えることによって、無辜の市民がその思想などによって拘束される端緒を開くものになるのではないかという点にあった。そして、二度にわたる法務省の提案にもかかわらず、80年代の初頭を境にこの議論は水面下に沈んだのであった。

 2001年6月。池田市での惨劇。
 8人の死亡者を含む23人の子供たちと教師が、白昼学校で、一人の男に刺されるという、日本の犯罪上、前代未聞 の惨事をうけて、この「保安処分」についての議論が復活している。
 現在、犯罪を犯す可能性のある精神障害者を強制的に収容する制度が無いわけではない。「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」という長い名前の法律に、その制度は記されている。
 「措置入院」と呼ばれるこの現行の制度は、犯罪歴の無い、一般の精神障害者を対象としている行政上の処分という点で、 司法上(裁判官、検察官などが関与するという意味)の「保安処分」とは違っている。また、「自傷」をも対象としているという特徴がある。そして、なにより、「現在の危険」が処分の対象で、将来を対象としていない点 で 、法理論的「保安処分」と厳しく区別されている。
もう少し詳しく説明しよう。
「措置入院」は、自分や、他人を傷付ける恐れのある精神障害者を、その予防のために、二人の医師の判断により、都道府県知事が強制入院させる制度だ。
「保安処分」と決定的に違うのは、この法律は、犯罪を犯した人間を対象にしたものではなく、あくまでも精神障害者 全体を対象にしたものであるがゆえに、退院は、一人の医師 が、診察時点で自分または他人を傷付ける恐れが無くなったと判断した場合、「直ちに」退院させなくてはならないと規定している点だ。つまり、退院させた後で、「こいつはしばらくするとまた犯罪をおかすな」と医師が思っても、または、再三殺人を繰り返した過去のある人物でも、その時点の「恐れ」がなくなれば、一週間で退院もありうるということなのだ。

 これまで、精神障害者による犯罪率は、通常、交通違反を除いた「全刑法犯数」を分母にして、「精神障害者による犯罪数」を分子にした統計(0.2%と言われる)と、「健常者人口分」の「精神障害者人口」(2〜3%と言われる)と比較されて、「精神障害者の犯罪率は、健常者のそれよりも低い」という結論が導き出さ れることが多かった。だが、この数字には、心神喪失や心神耗弱では犯しがたい、詐欺、横領、背任といった犯罪が「全刑法犯数」に含まれているという問題点がある。
 実際の犯罪件数はどうなのかというと、平成十年の犯罪白書によると、平成5年から 9年にかけての殺人事件の検挙者数は6314人。同時期、心神喪失または耗弱によって、不起訴、無罪、減刑となった殺人犯は764人。その大半は不起訴であり、その 後「措置入院」とされるケースがほとんどである。
実に、殺人事件の10件に1件は精神障害者によるものであるというデータである。
 このように、精神障害者の犯罪の数は、データによって、いろいろな解釈がなされてきた。

 で、「保安処分」である。
 私は「保安処分」的な法規定は、その呼び方はともかくとして、必要であると思っている。
だからといって、「精神障害者は危ない」と単純な見方をするのは誤りであると考える。なぜなら、上記のデータは、「圧倒的大多数の精神障害者は、全く犯罪にかかわっていない」ということも、同時に示しているからだ。

  問題はどこにあるのか?
それは、凶悪な犯罪にかかわった極々一部の精神障害者と、それ以外の無辜の精神障害者が、全く同じ法律で扱われていると言う点にある。これは裏を返せば、法律が、凶悪事件を起こす精神障害者と、そうでない精神障害者を同一視してい ることを意味している。これが差別でなくてなんであろうか? そして、このことが、犯罪と無縁な精神障害者に対する差別と偏見の温床となっているのではないか?

  司法の枠組みの中で、凶悪事件を起こした精神障害者を処遇する制度を持っていないのは、先進国では日本だけなのである。大切なのは、精神障害者に対する差別偏見を取り除くこと、そして、今回のような事件が起こるリスクを減らすということだ。
 一番最初に、「保安処分」が議論になった時、対象者は、「禁固以上の罪を犯した精神障害者」であった。これでは、 範囲が広すぎるだろう。対象は限定的である方が、論点がはっきりすると思う。
  例えば、「保安処分」の対象となる精神障害者を、「殺人、放火」あるいは、「死刑または無期懲役の規定のある犯罪」を既に犯したことが明白であるケースに限定するなどの配慮が必要だ。なにより大切なのは、多くの犯罪と無縁の障害者が、その対象 とされていないという趣旨を明示すべきだと思う。
 同時に、「保安処分」の本質であるべき、治療、アフタケアーなどが適切に行われる環境を整えることも不可欠だ。

 この議論は過去30年間、「精神障害者を閉じ込めろ!」という短絡的発想と、「保安処分は中身にかかわらず絶対反対」というイデオロギーに偏した発想が攻めぎあう場となってきた。「冷静な議論」という名の先送りは、もはや許されない。今こそ、「問題先送り」という意味ではない、本当に「冷静な」議論を望みたい。

辛坊 治郎 (しんぼう じろう)
プロフィール
キャスター。「ズームイン!!SUPER」日本テレビ 月〜金 5:30am〜8:30amに出演中。
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