集英社新書WEBコラム
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深夜、目覚めた場所

資本が無軌道に人びとを苛む一方で、国家が国境の壁をせり上げている。押し出された者は、当て所もなく荒野を彷徨うのみ。私たちの居場所はいま、どこにあるのか――。開高健ノンフィクション賞受賞作家が、未曾有の規模で崩落する21世紀の「人間」を描出する。

第4回 「雑民」たちの浄化

 気がつくと「雑民」たちの姿は消えて、代わりにLGBTという衣をまとった「市民」たちが跋扈していた。
 LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を組み合わせた性的少数者を指す略称だという。近ごろ、メディアのあちこちで見かける。
 でも「だという」としか、私には言いようがない。自分もその対象(トランスジェンダー)に当たるのだろうが、しっくりこない。むしろ、窮屈さの方が先に立つ。
 違和感を持て余していると、ふと雑民という言葉を思い出した。この方が落ち着く。ゲイ雑誌を主宰し、テレビの政見放送で物議を醸した故東郷健さんが愛用した呼称である。


 五月七日。汗ばむ陽気の中、その日、私は東京・渋谷駅から代々木公園に向かっていた。公園入り口にあるNHKの前では、ガードレールに横断幕を結びつけ、どこかの人たちがNHKに抗議していた。何についてかはよく分からない。
 そこを通り過ぎると、今度は「カンボジアフェスティバル」という催しが開かれていて、屋台が並んでいた。道の脇ではカップルが、発泡スチロールの皿に盛られたカレーと焼きそばを頰張っていた。
 その先にようやく白地に赤、青、黄色のストライプのテント群が見えてきた。NPO法人「東京レインボープライド」が主催するフェスタの会場だ。翌日に予定された性的少数者のパレードの前夜祭というか、前日祭である。彼らは四月二十九日からこの八日までを「レインボーウィーク」と名付け、各種のイベントを催していた。
 この種のイベントは苦手なのだが、催しの運営委員で、古い友人でもあるレズビアン活動家のTから久しぶりに会いたいと連絡を受けていた。それと、その日に起きるであろう「ある出来事」を見ておきたかった。
 人を掻(か)き分けて、ようやくTの姿を見つけた。Tに手を振るや、すぐにその出来事が起きた。メディアのゼッケンを付けたテレビクルーたちが小走りに会場の入り口に向かう。
 眼鏡をかけた中年女性を取り囲むように、十人ほどの黒いスーツ姿の一群が入ってきた。囲まれている女性は自民党政調会長の稲田朋美氏である。彼女は直前、党内で性的少数者に関する特命委員会づくりを指示していた。この日の名目は視察だったが、実際にはデモンストレーションに近かった。
 野次馬としては悶着を予想していた。というのも、彼女は党内右派の論客で、性的少数者たちとソリの合わない家父長制の信奉者と見られてきたからだ。彼女の側から見れば、いわば敵陣に乗り込んだに等しい。
 黒い一群のSP(要人警護の私服警官)の間を割って入るように、一人の小太りのゲイ男性が稲田氏に近づいた。思わず身を乗り出したが、期待は見事に外れた。その男性はにこやかに頭を下げ、彼女の手を両手で握った。稲田氏も何やら笑顔で頷いている。
 その一群は同性婚の実現を求める弁護士らのブースなどをのぞき込んだりして、二十分ほどで姿を消した。マッチョ風のSPの男たちの反応が楽しみでしばし眺めていたが、そこはプロ。表情にブレはなかった。
 「政治家って、たいしたもんね」。いつの間にか、隣にいたTがため息をついた。Tは一九九〇年代からのパレードを知る数少ない現役のパレードスタッフの一人だ。
 この一幕の後、会場内を歩いてみた。婚礼用の白いタキシードが二つ並んだアパレル系のブース。マイクロソフト、グーグル、IBMといったIT企業が並んでいる。資生堂やら性風俗の求人サイトの運営会社やらもあった。アルファロメオは派手な車を展示していた。
 盛況で、明るい。一昔前なら主役級のボンテージ姿のゲイもいたにはいたが、どこか所在なげだった。というのも屈託のなさそうな爽やかタイプの当事者が来場者の主流で、ノンケ(性的多数者)たちも少なくない。いかがわしさは払拭され、「法令順守」が金科玉条なのか、端にあった喫煙コーナーでは主催者が年齢チェックまでしていた。
 汽水域。河口など淡水と海水の混じる水域のことだが、まるでそんな感じだ。Tは「ノンケはヤオイ(ゲイを題材にした漫画や小説などの愛好家たち)が多い。当事者もすっかり脱色され、その両者が調和しているって感じかな」と、人波を眺めてつぶやいた。
 昔ながらの怒りのメッセージを記したプラカードも目にしたが、一枚だけ。旧知の活動家はほとんど見かけなかった。居心地が悪いというよりも、どうにも身の置きどころが見つからず、私は早々に会場を後にした。


 降って湧いたような昨今のLGBTブームである。当事者たちが起こした波なら、主張に共感できるかどうかは別にしても、それなりに心がざわめく。しかし、今回は他人事のように感じる。加えて、その語り部たちの半知半解ぶりが気分をますますしらけさせる。
 例えば、Tを意味するトランスジェンダーについて、彼らが使う定番の前置きがある。いわく「心と身体の性が一致しない」というやつだ。でも、考えてほしい。「身体の性」はともあれ、「心の性」とはいったい何なのか。言うまでもなく、それは異性愛か同性愛かという性指向とは異なる。ゲイは自らが男性という性自認を前提(つまり「心の性」なるものと「身体の性」は一致する)にして、男性が好きなのだ。では、心の性とは何か。そんな根本すら、語り部たちは問おうとしない。
 LGBTと一括りにされがちだが、実際にはそれぞれの間の溝は深い。「心は女(男)なのに、間違って男(女)の身体で生まれてきた」と考えるトランスジェンダーの一部には、同性愛者を嫌悪する一群すらいる。この種の人びとにとっては、異性愛者の方がゲイやレズビアンよりも身近な存在であり、LGBTと括られること自体、苦痛なはずだ。
 ちなみに当事者、とりわけ活動家たちの間ではこうした違いは自明のことで、共通する問題について互いに助け合っていくという繊細で脆(もろ)い関係が成立してきた。その関係の維持に心を砕いてきた分、そうした事情に鈍感な「部外者」による乱暴な括りには反発も少なくない。
 それでもブームは膨れた。直接の理由は自治体の同性カップルに対する施策にある。二〇一五年四月、東京都渋谷区は全国で初めて「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する(通称・同性パートナーシップ)条例」を施行し、十一月から「パートナーシップ証明書」の発行を始めた。条例方式ではないが、東京都世田谷区や三重県伊賀市、兵庫県宝塚市なども類似の制度を始めている。
 これらの制度は世間から「同性婚の一種」と早合点されがちだが、一般男女の法律婚とは全く別物である。厳しい言い方をすれば、「儀式」に準じるものにすぎない。
 条例という強い制度的な支えのある渋谷区ですら、法律婚の夫婦ならば可能な「特別養子縁組」を結ぶ仕組みはない。これは養子と実親との親族関係を無効にするシステムだ。
 それだけではない。証明書を得たところでパートナーに財産の相続権はなく、税制上の優遇措置も適用されない。社会保障制度も同様である。入院中の面会、手術などの同意も「今後、期待できる」というレベルで、家族向け区営住宅に入居できるという程度のメリットしかない。
 ちなみに同性カップルを理由に業者が不動産を貸さない場合、渋谷区は業者名を公表するとしているが、これとてペナルティーはない。しかもこの不況下、実際にそうしたトラブルが起きているということもあまり聞かない。
 少ない効能の割には、証明書を申請するカップル側の経済的負担は小さくない。申請には任意後見契約と合意契約の公正証書が必要だが、ある当事者によれば、自前で作成しても五万~十万円の費用がかかる。行政書士に依頼すれば、二十万円以上が相場だという。条例ではなく、要綱で制度が定められている世田谷区などでは公正証書は不要で当事者の宣誓だけでよく、かつ無料で証明書を手にできる。だが、目に見えるメリットはますます乏しい。
 渋谷区では二〇一六年五月末現在、証明書を手にしたカップル数は八組にとどまっている。ちなみに世田谷区でも、同月末で二十九組。この数字からは沈黙しながら、新制度を冷ややかに捉えている当事者たちの実相が垣間見える。
 ただ実利が乏しくても、この証明書を同性婚実現に向けた一歩と積極的に捉える人たちはいる。自民党もそう考え、だからこそ懸念したのだろう。天皇制に連なる伝統的家族観が壊されかねないという危機感。それが稲田氏の音頭で党内に「性的指向・性自認に関する特命委員会」を設けた理由だろう。とはいっても、欧米を中心に同性婚の受容は世界的な流れだ。二〇二〇年東京五輪の開催国としても、「同性婚絶対反対」と声高に訴えるわけにはいかない。

 特命委員会が作成し、党総務会で了承されたこの問題についての「基本的な考え方」には、「カムアウトする必要のない社会」の実現や「現行の法制度を尊重しつつ、網羅的に理解増進を目的とした諸施策」の推進が記された。差別禁止のみが先行すれば、当事者がより孤立する結果などを生む怖れもあるなどと、一見「思いやり」に溢れている。しかし、ここからは当事者が差別を告発したり、現行法に担保された差別的制度の改革を断念させるという意図が読み取れる。

 これまでさしたる議論もなく突然、登場したかに見える自治体のパートナーシップ制度。いったい、誰がその制度創出の下絵を描いたのだろうか。たしかに方向性では一致する「ドメスティック・パートナーシップ(DP)法」の構想自体は、十年以上も前に当事者らが主張していた。二〇〇四年には『同性パートナー―同性婚・DP法を知るために』(赤杉康伸、土屋ゆき、筒井真樹子編著)という本が出版されている。だが、この議論は広がることなく、雲散霧消した。
 「広告代理店」。制度の火付け役について、何人かの当事者たちに尋ねると、異口同音にそうした答えが返ってきた。皮切り役の渋谷区の場合、パートナーシップ条例案は二〇一二年、長谷部健区議(現渋谷区長)が提案している。同議員は博報堂の元社員だ。
 二〇一二年。この年に水面下で何かが起きていた。その年の七月、『週刊東洋経済』『週刊ダイヤモンド』という大手経済誌がほぼ同時にLGBT特集を組んだ。「LGBTは巨大マーケット」「LGBTは人材の宝庫」とぶち上げた。それに連動するかのように、それまで性的少数者とは何のゆかりもなかった大手企業が相次いで「LGBTフレンドリー宣言」なるものを打ち上げている。
 二〇一六年の東京レインボープライド(パレード)のオフィシャルマガジン『BEYOND』には、株式会社LGBT総合研究所の社長インタビューが掲載されている。ゲイの当事者ということだが、同社も博報堂のベンチャー企業だ。思えば、訪れたフェスタの会場の「一等地」には電通ダイバーシティ・ラボのブースが陣取っていた。この間、電通は「人口の7.6%がLGBT」という、当事者感覚からはどうにも誇大としか思えないキャンペーンに腐心している。
 「昔のパレードの冊子作りは、協賛企業の広告を集めるのに四苦八苦だった。でも、今回は大企業が向こうから寄ってきて、しかもプロが助けてくれる」。Tは「時代は変わった」と苦笑いしつつ、そう漏らした。
 当事者が何もしていない、してこなかったとは言わない。ただ、いまのブームの仕掛け人は当事者ではない。だからなのか、一連の動きにもノンケの目線にいかに合わせるかという気遣いがそこかしこに感じられる。
 典型例として渋谷区のケースを見てみる。証明書の取得第一号は、元タカラジェンヌと会社経営者のカップルだった。メディアは写真や映像付きで二人の笑顔を報じた。二人ともそれなりに美形だ。ノンケにも違和感はないだろう。
 しかし、当事者は知っている。ゲイの同性カップルには中高年も少なくない。浅草や東上野あたりには、そうした中高年ゲイを客層にしたサウナやホテルがいくつもある。その周辺では夜間、背広姿の五十代くらいのオヤジカップルが人目を忍ぶように、手をつないで歩いていたりする。私などにはほほ笑ましい光景だが、世間の反応は違うだろう。
 そうした人びとはこのブームのイメージからは排除されている。有料、無料を問わず、ゲイの出会いの場であるハッテン場が表立つこともない。不特定多数による性的行為が日常のそうした場は世間の良識に反する。だからなのだろうが、そうしたリアルを消去したゲイのイメージなど、もはや私にはファンタジーにすら見えない。
 こうした当事者性の薄さは差別という問題の本質も拡散してしまう。渋谷区の制度を提案した長谷部区長は区議時代、桑原敏武区長(当時)とともに、区の宮下公園の「ナイキパーク化」を主導した。これはスポーツ用品大手、ナイキジャパンに公園の改修(整備)費と引き換えに命名権を売却したものだ。この整備に伴って、それまで宮下公園を住み処としていた野宿者たちは強制排除された。
 長谷部氏は二〇一二年、三菱地所や東京ガスなどが加わるエコッツェリア協会のトークイベントで「企業を巻き込むというやり方で、ホームレスが寝泊まりして児童公園として活用できなかった場所を、ナイキに働きかけてバスケットコートなどに整備してもらった。(中略)企業は宣伝になるし、渋谷区はやっぱり税金を使わないで今度は公園が整備できた」と得意げに話している。
 「ピンクウォッシュ」という言葉が浮かぶ。イスラエルは「ゲイフレンドリー」を自負している。今回のフェスタにもイスラエル大使館は出展していた。ただ、この姿勢にはパレスチナ人に対する人権侵害を覆い隠すためのイメージ戦略という非難がある。その批判を込めた表現がピンクウォッシュだ。渋谷区のパートナーシップ条例は、日本版のピンクウォッシュではないか。野宿者排除に抗った活動家たちからはそんな批判が上がった。
 あながち、それは的外れではないだろう。先のトークイベントで、長谷部氏はこうも語っていた。「次の街づくりのキーワードはダイバーシティ(多様性)で、(中略)LGBTの人なども、うまく活用できないかということも考えています」。差別への憤りは微塵も感じられない。反差別ではなく「活用」。そこにこの条例の一面が透けて見える。


 「怪しいブームね。十何年か前、トランスジェンダーは『性同一性障害(GID)の人』に塗り替えられたでしょ。あの時とそっくり。今度はゲイやレズビアンが塗り替えられる」
 数年ぶりにあった年上のトランスジェンダーであるMさんは、そう苦笑した。新宿・歌舞伎町のうらぶれた居酒屋。友人の彼女はいわゆる「女装」界のご意見番である。
 「十何年か前」の塗り替えというのは、二〇〇三年七月に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(通称・特例法)」をめぐる一連の動きのことである。この法律はGIDと診断された人たちを対象に、いくつかの要件を満たせば、戸籍の性別が変えられることが定められている。
 トランスジェンダーはニューハーフといった接客業の「プロ」、女装クラブに蝟集するような「素人」にかかわらず、昔から存在していた。ただ、知っての通り日陰者だった。そうした境遇から脱するには、自らの性を肯定して多数派の偏見と闘うのか、多数派の納得できる建前を掲げて同情を引こうとするのか、道は二つに分かれる。
 私の解釈では、この法律は後者の選択だった。多数派による差別と闘うのではなく、間違った身体で生まれてきた「かわいそうな障害者」をアピールする。その救済をしてほしいと媚びる。多数派の理解を得るのに医療概念は最適のツールだった。
 当時、法案の成立を願う当事者団体は、懸命に国会議員にロビー活動をした。そのころの情景を思い出すと、現在のLGBTブームの演出と酷似している。ある団体は容姿が優れているメンバーを選んで、ロビー活動を担わせた。議員のアレルギーを避けるためだが、それは元タカラジェンヌが前面に押し出されている現在のLGBTブームとよく似ている。
 ニューハーフや「趣味女」と呼ばれたカムアウト前の「女装者」は「気の毒な障害者」のイメージとは合致しない。そうした当事者たちの方が実際には多いのだが、彼らは運動から排除された。これも現実の裏面を覆い隠す現在のLGBTブームと同じだ。
 「性同一性障害」という医学的概念によるトランスジェンダーの塗り替え。それがたとえ「毒饅頭」だとしても飲み込むしかないという切羽詰まった思いが、当事者たちにあったのは事実だ。しかし、医療による線引きや、子どものいない当事者のみが性別変更できるといった特例法の要件(後に「子」から「未成年の子」に緩和されたが、撤廃はされなかった)は、当事者同士をズタズタに引き裂いてしまった。
 この法案を牽引したのは、意外にも自民党の右派だった。なぜか。家父長制信奉者の彼らは当時、男女共同参画の流れを覆そうと、共同参画の理念の支えであるジェンダー(社会的、文化的に構築された「らしさ」の性)概念を否定しようとしていた。「らしさ」概念は、家父長制を貫く性的役割分業を破壊しかねないからだ。
 その否定に性同一性障害は格好の材料だった。なぜなら特定の性に生まれてきたのに、当事者たちは異なる性で生きたがる。それは生物学的な「障害」のためであって、後天的な性(ジェンダー)など存在しないと主張するには最適のサンプルだったからだ。
 特例法騒動の渦中、「性の自己決定」を訴えるようなトランスジェンダーもいるにはいたが、そうした声は「かわいそう」にしがみつく当事者たちの激情にかき消された。
 それから十余年。いま「かわいそう」を支えてきた病気の根拠が消えつつある。二〇一七年に改正される世界保健機関(WHO)による「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)」の新バージョン(第十一版)では、性同一性障害が疾患リストから外されようとしている。病ではなく、個性という捉え方だ。塗り替えのペンキは剥げ落ちつつある。


 Mさんが漏らしたゲイやレズビアンの塗り替えは何によってなされるのだろうか。それは多数派(ノンケ)の同性愛者理解に基づく「彼らも市民」という良識によってだろう。
 同性愛者たちへの理解。理解されれば幸いだろう。しかし、そもそも理解されなくてはならないのか。あらゆる差別問題がそうであるように、性的少数者問題とは本来、性的多数者が持つ偏見の問題だ。同性愛でいえば、異性愛者問題なのだ。
 この原則に固執したのが東郷さんだった。個人的に知る東郷さんはイタイ人だった。自らのゲイ雑誌で使ったモデルの青年に報酬の不払いで殴られ、レズバーの従業員に喧嘩を売って、逆に向こうずねを蹴られて涙を溜めていたような人だった。
 ただ、彼は決して多数派に媚びなかった。彼の政見放送によれば、「雑民」とはゲイのみならず「異常者」「変態」「パンパン」といった社会の底辺者を指す。理解されようがされまいが存在する人たち。その存在とプライドに彼は終生、依拠しようとした。
 フェスタの人波を眺めながら、運営委員のTは「明るいよね。でも明るいだけ。みんな同性婚にあこがれる。なぜと聞くと、白いタキシードやらウエディングドレスやらを着たいと屈託がない。その半面、若い運営委員の中には『府中』や『新木場』を知らない子たちが増えている」と苛立ちを隠さなかった。
 「府中」とは、一九九一年に東京都の施設「府中青年の家(既に閉鎖)」が「青少年の健全育成に悪影響がある」と、同性愛者団体の利用を拒否した事件である。拒否された団体の青年らは「同性愛者差別だ」と都を相手取った損害賠償請求訴訟を起こし、九七年に原告全面勝訴の判決が確定した。
 一方、「新木場」は東京都江東区新木場の夢の島公園で二〇〇〇年二月、ゲイと思われる男性の撲殺された事件など、この公園で発生した複数のゲイに対する襲撃事件を指す。この公園はゲイのハッテン場であり、逮捕された少年らはいずれも同性愛者が警察に届けられず、抵抗できないことを踏まえて襲撃し、金品を奪った。当事者の活動家らは事件の背景に、社会の同性愛者差別の黙認があると指弾した。
 東郷さんの被差別者の存在を明示するという闘いは閉ざされることなく、後の世代に多数派社会に対する告発として引き継がれた。パレードの「プライド」という名称も、その精神を継承していたはずだった。
 しかし、その闘いはここに来て「多数派の理解を得よう」という運動に変質した。摩擦を怖れ、歓迎されるために少数派は多数派が飲み込みやすい装いを凝らそうとする。それは一種の擬態といってよい。家父長主義者であれ、資本であれ、支援する非当事者たちが反差別とは全く別の意図を抱いていれば、なおさらその傾向は加速する。装いはやがて装いのレベルを超えて、当事者たちのアイデンティティを蝕(むしば)んでいく。


 「クローゼット」という隠語がある。自分の性自認、性指向をカムアウトしない状態をクローゼットに掛けて暗喩する言葉だ。「LGBT」というフィルターを通して、当事者たちはいま「市民」という第二のクローゼットに回収されつつあるように感じる。
 はっきり言っておきたい。理解と共生は全く別物だ。メディアや良識派は「理解の促進が大切」と説く。自民党も同じだ。しかし、ここで使われる理解とは多数派の言語で説明することだ。その同化と融合圧力こそが、少数派への自覚なき暴力にほかならない。ここでは理解が差別を生むのだ。
 理解するのではなく、分からないことを大切にする。違いを対等に認め合う。それが共生の前提である。昨今の「LGBT」ブームには、その原点がない。なにより当事者自身がその原点を理解せず、居場所を自ら掘り崩そうとしている。
愚かしいことはおよそ明るい。だが、その明るさから暗がりに退却しようとする人たちもいる。当事者たちと話していて「パレード派」対「二丁目派」という表現を耳にした。「私たちのことを私たち抜きで決めないで」。この反差別運動の原則はいま、「私たち」同士の間で突きつけられている。

(第4回 了)
(2016年06月29日掲載)

田原牧

「1962年生まれ。87年、中日新聞社入社。名古屋社会部、カイロ支局勤務などを経て、現在、東京本社(東京新聞)特別報道部デスク。2014年、『ジャスミンの残り香――「アラブの春」が変えたもの』で第12回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『イスラーム最前線』『ネオコンとは何か』『ほっとけよ。』『中東民衆革命の真実』などがある。

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