集英社新書WEB連載
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中東から世界を見る視点

川上泰徳

(5)ムスリム同胞団と米国

ムスリム同胞団は、なぜメディアから「消えた」のか

 かつて連日のようにニュースに登場した「ムスリム同胞団」という言葉が、いまでは聞かれることがほとんどなくなった。

 2011年の「アラブの春」で次々と強権体制が倒れた後、民主的選挙でチュニジアとエジプトで同胞団系政党が第1党となり、世界の注目を集めた。2012年6月には、エジプトで同胞団出身のムルシ大統領が民主的選挙で軍出身候補を破り、同国初の文民大統領となった。

カイロのタハリール広場を埋めた、ムスリム同胞団支持者の大規模デモ (2012年8月。撮影・川上泰徳)

 同胞団は1928年にエジプトで創設された、イスラム社会を実現しようとする社会政治組織である。チュニジアのナハダ運動、パレスチナのハマス、イラクのイスラム党、ヨルダンの立憲運動など、ほとんどのアラブ諸国に同胞団系の組織があり、現在でも政治に参加している国もある。

 アラブの有力国であるエジプトでムルシ大統領が誕生したのは、「同胞団時代」の到来を思わせたが、1年後の2013年7月、軍のクーデターでムルシ大統領は拘束、排除された。軍が任命した大統領による暫定政権を経て、翌2014年の大統領選挙でクーデターを率いたシーシ国防相が大統領に選ばれ、現在に至る。シーシ政権の下でほとんどの同胞団幹部は逮捕され、同胞団も非合法化された。関連組織の病院や診療所、幼稚園、慈善組織も解散させられたり、政府の監視下に置かれたりしている。

 同胞団の活動が表に出ることはなく、メディアでも「同胞団の存続の危機」などという観測が出ている。しかし、同胞団がメディアや社会の表に出ないのは政府によって抑えられて見えなくなっているだけで、どの程度の影響力が残っているのかは分からない。主な同胞団幹部や活動家は、刑務所にいるか、トルコに逃れて亡命生活をしているかのどちらかで、海外メディア関係者がエジプト国内で同胞団関係者と接触することは、ほぼ不可能に近い。

 私が知る限りでは、同胞団は、「アラブの春」以前のムバラク時代に行っていた貧困救済や医療などの慈善活動や社会活動は停止している。刑務所にいる数千人のメンバーの家族の支援と、軍クーデター後のムルシ支持デモへの武力排除で犠牲になった数百人の犠牲者の家族への支援は続けているという。

米国がエジプトへの援助を中止

 同胞団がどの程度の影響力を保持しているのかを見る上で、興味深いのは、米国トランプ政権による、同胞団の「テロ組織」指定がいまだになされていないことだろう。

 トランプ氏は選挙運動の時から「イスラム過激派テロの根絶」を掲げ、選挙戦中の2016年9月に国連総会に出席したシーシ大統領と会談し、「テロとの戦い」での協力を示した。2017年1月の就任当時から、ムスリム同胞団を、アルカイダや「イスラム国(IS)」ともつながる「テロ組織」として指定するのは時間の問題と見られていた。

 それがいまだに指定されないことについて、2月あたりから「トルコにいる同胞団の幹部が米国で政権や議会にロビー活動を行い、それが成功した」という見方が広がった。

 さらに8月22日、米国はエジプトへの1億9500万ドル(約215億円)の軍事援助と9570万ドル(約106億円)の経済援助の供与を「人権上の懸念のため」中止または留保することを決めた、と報じられた。米国高官筋の情報としてニュースが流れたのはトランプ大統領の娘婿クシュナー大統領上級顧問のエジプト訪問直前で、シーシ大統領との会談は行われたものの、シュクリ外相との会談はキャンセルされた。エジプト外務省は、「米国の措置は、エジプトが安定することの重要性についての正確な理解を欠いた誤った判断である」との声明を出した。

エジプトにおける「人権上の懸念」とは?

 エジプトで「人権上の懸念」として問題になっているのは、2016年11月に議会を通過したNGO規制法に、2017年5月にシーシ大統領が署名し、発効したことだ。この法律について、親イスラエル・ロビーとも近い関係にあり、米政権に影響力を持つワシントン近東政策研究所(WINEP)は「もし、大統領によって署名されれば、エジプトのNGOと市民社会の抹殺に向けた最後の一撃となるだろう」と極めて否定的な記事を掲載した。

 記事では「この法律は、いかなる事務的な侵害であっても罰金だけでなく禁固刑にするという厳罰化を含んでいる」とする。その例として、「いかなる組織の長が、公的な許可を得ることなく本部を移転させれば、最高50万エジプトポンド(約310万円)の罰金に加えて1年から5年の禁固刑となる」をあげる。さらに「外国の組織がエジプトで許可なく国家的な活動を行ったり、事前に許可を得ることなく現地委調査や世論調査を行うことに、現地のNGOが支援したり、参加したりすれば、同様の罰となる」としている。

 さらにWINEPの記事では「法律はNGOを新しい規則で縛るだけでなく、その財源を、国内からのものを含めて、干上がらせるものである」としている。その理由として、次のように書く。「法律は、1万ポンド(約6万2000円)を超える寄付について銀行小切手によってでなければできないとしているが、人々がほとんど銀行小切手を使わないこの国では、無理な条件である。さらにNGOのための募金活動には、営業日30日前に公的な許可を取ることが求められている。もし災害があって、NGOが被災者救援のために募金を呼びかけようとすれば丸々一カ月を待たねばならないのであり、許可を得ることができないということもありうる」

NGO規制法をトランプは容認した?

 エジプトでは、2011年のエジプト革命の後、民主的選挙で民政移行するまでの間、軍政となったが、軍政のもとで「外国からの違法な資金提供を受けていた」として欧米のNGO関係者ら43人が禁固1年から5年の有罪判決を受け、訴追された米国人の多くは保釈金を支払って出国した。今回のNGO規制法は、従来の規制法をさらに厳罰化したものだ。

 米政治専門紙「ザ・ヒル」は、ティラーソン国務長官が2017年6月14日に米下院歳出委員会の国務・国外活動小委員会で行った興味深い証言を伝えている。

 ティラーソン長官は「エジプトとの間で人権状況について行わなければならないことがたくさんある」として、シーシ大統領がNGO規制法に署名したことを初めて批判し、次のように述べた。「我々はシーシ大統領がNGO規制法に署名したことにひどく失望した。同法は特定のNGOの活動を妨げるものである。我々はエジプトとの間で、その法案が今後、いかに有害となるかについて議論している」

 国務長官の証言に対して、民主党議員が「この法律は2016年11月にエジプト議会を通過したが、マケイン上院議員、グラハム上院議員らを含む国際的な強い批判を受けて、シーシ大統領は署名をためらっていた。しかし、最近になって彼は署名した。ほとんどの報道では、シーシ大統領はトランプ大統領がその法律を受け入れていることに力を得て署名したということになっている。あなたが言っていることは、矛盾している。問題は、エジプトは米国の意図を読み間違ったのかということであり、我々はこれについてどうすべきか、ということだ」と追及した。

 これに対して、国務長官は次のように答えた。「私はトランプ大統領とシーシ大統領の間の議論に何度か関わっているだけだが、私が知るかぎり、NGO規制法に署名するように促す議論はなかった。我々は彼に署名を促してはいない。実際に、我々は『シーシ大統領は署名すべきではない』と伝えてきた。国家安全保障問題担当の大統領補佐官らが、シーシ氏に署名しないように要請したことも知っている。なのに、なぜ? シーシ大統領のほうに誤算があったのかもしれない。それは私には分からないが、我々は署名したことに対して失望の意を表明している」

NGO規制法の隠された意図とは?

 NGO規制法へのシーシ大統領の署名が「人権上の懸念」の主な要因ならば、ムスリム同胞団の「テロ組織」指定が実施されていないこととは関係ないと思うかもしれない。しかし、米国がエジプトの人権状況への懸念を強めているのは、2013年7月にムスリム同胞団出身のモルシ大統領を排除した軍クーデターの後、オバマ前政権が軍事援助を凍結したことに始まる。

 シーシ政権にとっては、いまだにムスリム同胞団が最大の政敵であるという状況は変わらない。今回のNGO規制法の厳罰化についても、①市民社会からの政府批判の排除、②市民社会とつながるNGOを介した欧米の影響力の排除――という2点以外に、「同胞団系の活動の排除」という目的が読み取れる。同胞団は貧困救済、医療活動、災害救済、孤児救済など市民の救済事業を草の根的な市民活動として実施し、民衆の間に支持を広げているからである。

ムスリム同胞団系の慈善組織で、断食月に行われていた食料配布 (2012年8月。撮影・川上泰徳)


 今回、30日前の許可が求められることになったNGOの募金活動でいえば、1992年にあったカイロ地震での素早い救済活動で、ムスリム同胞団が民衆の間で称賛された例を思い出す。545人が死亡、6000人以上が負傷し、350のビルが全壊という悲惨なものだったが、当時、医師組合や技師組合の理事会をおさえていた同胞団は、政府の支援活動が遅れる中で、いち早く救済委員会を立ち上げて、被災者への医療活動や食糧支援、テント設営などを始めた。このことでムバラク政権は国民の非難を受け、同胞団が称賛を受けた。そのような社会的影響力をそぐために、草の根NGOの慈善活動に商人や実業家からの募金が集まるのを阻止しようとする意図が読み取れるのだ。

トランプ路線の見直し

 オバマ政権は2013年7月の軍クーデターの後、1年8カ月間、エジプトへの軍事援助を凍結するなどの制裁的措置をとった。軍主導の暫定政権やその後に成立したシーシ政権は、同胞団を「テロ組織」として弾圧し、米議会でも同胞団を「テロ組織」として指定する法案が出たが、オバマ政権は受け入れなかった。その後、エジプトのシナイ半島に拠点を持つIS対策のために軍事援助を再開したが、シーシ政権による同胞団関係者を含む政府批判勢力の逮捕、弾圧を人権侵害として批判し、最後まで政治改革を求めた。

 オバマ前大統領はシーシ氏をワシントンに迎えることはなかったが、トランプ大統領になって米エジプト関係は一転して友好的となり、2017年4月にはシーシ氏をホワイトハウスに招いて首脳会談を行った。朝日新聞は次のように伝えている。「トランプ氏は会談の冒頭、『非常に難しい状況の中、すばらしい仕事をしてきた』とシーシ氏を持ち上げ、『我々はテロと戦い、長く友人であり続ける』と語った。オバマ前政権が批判してきた人権問題には触れなかった」

 今回、「人権上の懸念」を理由に米国がエジプトへの軍事・経済援助の中止または留保を決めたことは、トランプ大統領がシーシ政権に対してとってきた関係改善路線の変更であることは疑いない。それは「テロとの戦いのためであれば、エジプト国内の人権侵害には目をつぶる」と言わんばかりの、トランプ政権の「対テロ」最優先政策の見直しということにならざるを得ない。

同胞団は多様であり、一律に「テロ組織」に指定できない

 前述の「ザ・ヒル」紙には、ティラーソン国務長官が米下院歳出小委員会でエジプトのNGO規制法を批判した同じ日に、下院外交委員会の予算関連質疑で、共和党議員からムスリム同胞団のテロ組織指定について「トランプ政権には指定する計画があるのか」と質問された記事が載っている。

 記事によると、ティラーソン長官は次の2つの理由を挙げて、同胞団組織を一律でテロ組織に指定することに難色を示したという。①同胞団はその地域の国々で、暴力的組織から非暴力的組織まで多様な形態を持つ組織である。②米国との間で親密な二国間関係を持つ多くの国々で、選挙に参加して選ばれて政治的な役割を果たしている。

 ティラーソン長官は次のように語った。

「ムスリム同胞団は500万人のメンバーを有するとされているが、その組織内でかなりばらつきがある。同胞団組織の中でいくつかの組織は暴力とテロを行使しており、我々はそのような組織を『テロ組織』に指定している。一方、同胞団でも最高に優れた人々は、いくつかの政府に参加している。彼らはバーレーン議会の議員でもあるし、トルコの同胞団メンバーの中にも政府に参加している者がいる」

「同胞団を全体として『テロ組織』に指定することについては、我々とバーレーン政府との関係や、同胞団が受け入れられている他の国々と米国との関係の複雑さを理解してほしい。それらの同胞団は暴力やテロを放棄している。このことは、同胞団を全体としてテロ指定することについて難しい問題の一つである」

隠された要点

 この問題でも、トランプ大統領の個人的パフォーマンスと、米国の国家としての対応に齟齬があるように思える。しかし6月の段階で米国務省は、同胞団を「テロ組織」に指定することは、米国の中東政策にマイナスと判断していることが分かる。ティラーソン長官の言葉の意味を解説するならば、同胞団系列では、パレスチナのハマスのように武装闘争やテロを行使する組織を個別に「テロ組織」として指定しているが、バーレーンやトルコでは同胞団メンバーが議会や政府に参加している非暴力の合法的存在なので、テロ指定はできないということである。他にもアラブ諸国では、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、ヨルダン、レバノン、イラク、クウェート、バーレーン、カタールなどに合法的な同胞団系政党やメンバーがいて、議会や政府に参加している。

 ただし、ティラーソン長官のこの発言は、意図的に論点をすり替えているように思える。問題は、同胞団系組織を一律で「テロ組織」指定することではなく、同胞団の本拠地であるエジプトの「ムスリム同胞団」を指定するかどうかの問題だからだ。

 ティラーソン長官の下院委員会での発言の全容は分からないが、「ザ・ヒル」紙で紹介されている2つの理由にはあがっていない、別の要点がある。

一つは、パレスチナのハマスを「テロ組織」としたように、なぜ、エジプト政府が求めている「ムスリム同胞団」を個別に指定しないのか、という問題。もう一つは、欧州や米国にもある同胞団系組織の存在である。

エジプトの政治犯が「ニューヨークタイムズ」に寄稿

 ワシントンにある親ユダヤ系の「中東報道研究機関(MEMRI)」は、2017年3月に「ムスリム同胞団が、米国で、トランプ政権が同胞団をテロ組織指定することを阻止するためのロビー活動組織を創設した」とするリポートを出した。

 リポートによると、トルコに拠点を置く同胞団幹部で、ムルシ政権の計画・国際協力相であるアムル・ドラグ氏が中心となって、トランプ政権が同胞団をテロ組織と指定しないようにするため、米国議会で同胞団のイメージを向上させるように様々な分野で接触や働きかけを行ったり、議会メンバーとの関係をつくったり、米国の法律会社や宣伝会社を雇うなどのロビー活動をすることを決めたという。

 MEMRIのリポートでは、ロビー活動が成功した一例として、2017年2月、「ニューヨークタイムズ」のオピニオン面に、エジプトの政治犯収容刑務所で服役中の同胞団スポークスマン、ゲハード・ハッダード氏の「私はムスリム同胞団のメンバーであり、テロリストではない」とする寄稿が掲載されたことをあげた。

 その寄稿の発信地は「エジプト・トーラ」とあり、「私はエジプトの最も悪名高い(トーラ)刑務所の独房の暗がりからこれを書いている。私はここに収監されてすでに3年になる」と始まる。「私たちはテロリストではない。ムスリム同胞団の哲学は、社会的公正と平等、法の支配などの価値を強調するイスラムの理解によって支えられている」とし、ムバラク政権下でも「我々が他の政党との連立や独立系候補として議会に参加したことは、我々が合法的な変化と改革を目指してきたことの証である」としている。

 さらに、エジプト革命後に政権を取得した同胞団政権については、ハッダード氏はこう書いている。「私たちは国の中の腐敗に対応するのに、十分な用意ができていなかった。私たちは政府の中で改革をしようとし、街頭での民衆の反対運動を無視してしまった。私たちは間違っていた。これまでに私たちが間違っていたことを指摘する多くの本が書かれている。しかし、公平な事実に基づいて分析をするならば、我々は基本的に力の行使には反対してきた。我々の誤りはたくさんある。しかし、暴力の誤りは犯していない」

 MEMRIは、米国世論に大きな影響力を持つ「ニューヨークタイムズ」紙にこうした寄稿が掲載されること自体が、同胞団による米国でのロビー活動の成果としている。

来日していたハッダード氏

 ハッダード氏は、ムルシ政権の時に同胞団が創設した与党「エジプト自由公正党」相談役兼ムスリム同胞団経済復興計画運営委員として、2013年2月に国際協力機構(JICA)の招きで来日している。外務省のサイトにも、一行が阿部外務大臣政務官を表敬した時の記録が残っている。
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/seimu/abe/egypt_20130205.html

 同サイトの記事には、「ハッダード相談役一行は,日本の招きに感謝するとともに、今次訪日は日本の高い技術や発展した社会の制度を学び,エジプトの人材開発や革新的技術を通じた成長につなげることを目的としている」と述べたとある。

 当時は、アルジェリア南部でのテロで日本人技術者が犠牲となった事件が発生した直後で、ハッダード氏は、テロで日本人が犠牲になったことに哀悼の意を示した。そして、阿部政務官との間で「テロはいかなる理由があろうとも許されない旨述べ,あらゆるテロを非難し、テロ行為に宗教が利用されることは許されない」ということで意見の一致を見たという。

 ハッダード氏の来日に際して、当時、私も同氏との意見交換会に参加したことがある。JICAの関係者からは、ハッダード氏が来日時に「私たちは岩倉使節団です」と言って、自分たちを、明治初期に欧米を訪問した使節団に例えたという話を聞いた。各省庁などを回って熱心にメモをとり、翌日までに前日の訪問で聞いたことについての質問を用意するなど、非常に研究熱心で驚いたという話も聞いた。

 ハッダード氏は現在、テロリストとして終身刑を受け服役中であるが、「ニューヨークタイムズ」紙も、ハッダード氏が実際にテロに関わっていた可能性があれば「テロリストではない」という寄稿を掲載することはないだろう。

 なお、MEMRIは「中東報道研究機関」と中立的な名称を掲げているが、エジプトのムスリム同胞団を「テロ組織」に指定すべきだという立場からの情報収集であり、そのような政治的意図に基づいた分析になっている。

ISと同胞団を区別せよ

 米国の、より中立的なシンクタンク「ブルッキングス研究所」は、2017年4月、「ムスリム同胞団はテロ組織か?」というシャディ・ハミド研究員のコメントをサイトに掲載した。

 同研究員は、「トランプ政権のメンバーの中には、ムスリム同胞団を外国テロ組織に指定させようとする動きがある」とする。そのうえで「ISのようなテロ組織はイスラム主義者の中では極右に位置するが、ほとんどのイスラム主義者は同胞団のように主流派に属する。主流派は国民国家を受け入れ、国民国家の枠組みの中で活動する。そのような組織は革命に身を投じたり、テロ攻撃に参加したりはしない」と、過激派のISと主流派のムスリム同胞団とを区別する必要性を説く。そして、「米国で同胞団を研究している専門家の間では、一人として、同胞団をテロ組織に指定することに賛成する者はいない」と言い切っている。

 さらにコメントは続く。「同胞団とテロリズムを結びつけることは、ISのプロパガンダに協力することになりかねない。ムスリム同胞団系の政党は議会選挙に参加しているが、ISは現行の政治プロセスの中で変化をもたらすという考え方を否定し、その代わりに暴力と野蛮な力の行使を促す。もし米国が、ISのような過激派とムスリム同胞団のような主流派との区別をしないならば、政治的なプロセスにイスラム主義者が参加する場所はない、という(過激派の)考え方を支持することになる」

チュニジア、リビアでの同胞団弾圧と、その後

 MEMRIの記事が書くように、同胞団が自らのイメージを上げるために米国議会やメディアに対してロビー活動や宣伝活動を行っていることは間違いない。だが一方で、同胞団のイデオロギーはアルカイダやISと同根であるとして「同胞団はテロ組織」と宣伝したり、テロ組織指定を求めたりするロビー活動も山ほどある。エジプトのシーシ政権が、同胞団を「テロ組織」として弾圧している論理も同様である。

 シーシ政権にとって、同胞団は実際の政治的な脅威であり、それゆえに、ISと同様に「テロ組織」として排除しているということである。しかし、いくら弾圧しても、「アラブの春」でムバラク政権が倒れた後、軍政下で行われた民主的な議会選挙で4割の議席をとった同胞団の社会的影響力を抹殺できるわけではない。イスラムとしての社会の在り方が、政府の統治よりも広く、深く、強いために、いくら政府の権限を強化しても、すべてを支配することにはならないということだろう。

 エジプトの軍クーデター後の徹底的な同胞団弾圧は、チュニジアでのベンアリ政権の手法に通じるものがある。

 ベンアリ政権は、1987年から2011年まで24年間にわたって、強権的な手法で、同胞団系イスラム政治組織「ナフダ運動」を弾圧する政策をとった。イスラムの名を掲げた慈善運動を完全に禁止し、チュニジア国内でのナフダ運動の活動は封じ込められた。しかし、失業青年の焼身自殺に端を発した若者たちのデモが首都チュニジアで広がり、ベンアリ大統領は亡命することになった。その後、2011年10月の憲法制定議会選挙で、ナフダ運動が41%の議席を獲得して第1党となったのだ。

 リビアでも、42年間のカダフィ体制下で、ムスリム同胞団組織が地下組織として存続し、革命後の議会選挙で議会内の第2勢力となった。カダフィ体制下は、チュニジアのベンアリ政権以上に過酷な秘密警察が支配する密告社会で一切の政治的自由が存在しなかったため、同胞団は英国に逃げた亡命組織しかいないと思われていた。しかし、革命後に同胞団関係者に取材をしてみると、強権体制の下で秘密の社会組織として存続し、「アラブの春」による若者たちのデモが始まった時に、組織としてデモに参加することを幹部会で決定したという経緯を聞いて驚いた。

 いまのエジプトのムスリム同胞団をめぐる状況も、今後、NGO規制法でさらに強権化が進めば、かつてのチュニジアやリビアの状況に似てくるだろう。しかし、エジプトがイスラム社会である以上、イスラムに基づく貧困救済などを完全に否定することはできないのだから、社会組織としての同胞団は残り、強権が行き詰まれば、社会の紐帯の中からまた影響力を回復するだろう。ブルッキングス研究所のコメントにある「ムスリム同胞団のような主流派」とあるのは、イスラムに基づいた社会活動が一般民衆とつながっている強さを示している。

このままでは1990年代の繰り返しだ

 米国が同胞団を「テロ組織」指定するかどうかが、中東の同盟国であるエジプトと米国の友好関係の問題だけなら、トランプ政権が指定をためらう必要は何もない。実際に、トランプ大統領とシーシ大統領は、最初から互いに相手を称賛し、息があっているという印象である。しかし、この問題は、米国の安全保障が関わってくる問題であり、二国間の外交関係を超えている。

 米国の安全保障にとって最大の脅威は、いまでも、2011年の9・11米同時多発テロが再発することである。

 1990年代に、中東での親米強権政権による反対派弾圧と排除を米国は黙認し、支援した。過激派は中東で抑え込まれてしまい、その結果、攻撃の対象を欧米に移したというのが9・11の背景である。

 湾岸戦争で親米アラブ国家が米国と共にイラクと戦ったことで、戦後はエジプト、アルジェリア、サウジアラビアなど中東諸国でイスラム過激派の武装闘争が始まった。しかし、90年代半ばまでに権力によって武力で抑え込まれた。さらに政権側は、選挙参加路線を続けるムスリム同胞団も弾圧し、軍事法廷で裁くという強権手法をとった。その結果、アルカイダの理論的指導者でエジプトの過激派「ジハード団」指導者だったアイマン・ザワヒリは、1997年以降、それまでの「近い敵­(=中東の各政権)」へのジハードを優先する戦略から、「遠い敵(=米国)」へのジハードを重視する戦略への転換を行った。その転換が9・11という対米テロに帰結した。

 9・11の後、米国のブッシュ大統領はアフガニスタン戦争、イラク戦争へと「対テロ戦争」を進めたが、イラク戦争後の2003年11月、中東の民主化を求める新中東政策を打ち出し、次のように演説した。

 「欧米が中東における自由の欠如を許し、受け入れてきた60年間は、何ら我々を安全にしてはいない。なぜなら、長期的に見れば、安定は自由を代償にしてはあがなえないものだからだ。中東が自由の栄えない場所であるかぎり、そこは沈滞と、恨みと、暴力を輸出する場所であり続ける。武器の拡散によって、我が国や我が友邦に破滅的な損害を与えることも可能であり、中東の現状のままを受け入れることは無謀なことである」

 ブッシュ演説によれば、9・11が起きたのは、アラブ世界では90年代に自由も民主主義も抑え込まれてしまい、若者たちの怒りや不満が欧米に向き、「暴力を輸出する場所になっている」ためだ、ということになる。ブッシュ大統領が唱えた中東民主化は、中東の各政権が、民主化を通して政治的反対派を政治に参加させ、民衆の不満に対応することを求めたものである。

 いままた、ISに対する「テロとの戦い」の論理が中東で広がっているが、アラブの各政権は「テロとの戦い」と言いながら、実際には「アラブの春」で噴き出した体制への不満を抑え込もうとして、過激派対策だけでなく、SNSの取り締まり強化を含め、言論弾圧や政治弾圧を強めている。

 いまの動きは、90年代の繰り返しである。米国は、このままエジプトのシーシ政権との関係改善のために強権手法を容認していたら、そのしっぺ返しは自分たちが受けることになると考えているはずである。

過激派の論理を無効化するには

 中東の強権化に歯止めをかけなければ、中東でのテロが欧米に向かう。

 イラクとシリアにまたがるISに対する掃討作戦が進んでいる現在、それは、さらに現実味を帯びている。7月にイラク側のISの都モスルが奪還され、シリア側の都ラッカでも米軍主導の有志連合がクルド人主体の地上部隊を支援して掃討作戦が進む。ラッカ陥落も時間の問題である。今後問題になるのは、アラブ諸国や欧米、アジア諸国からISに参加していた3万人を超えるイスラム戦士の母国への帰還であり、世界への拡散である。

 アラブの各政権は、過激派は治安対策で抑えながらも、ムスリム同胞団のようなイスラム的改革を求める批判勢力を政治に参加させることで、かじ取りは難しくなっても、体制を安定させることはできるはずだ。その結果、体制批判的なイスラム主義者が合法的に政治に参加する道が開かれれば、「政治を変えるためには暴力しかない」という過激派の論理は説得力を失うことになる。

 ブルッキングス研究所のハミド研究員が唱えている「過激派と主流派の区別」とは、そのことである。イスラム主義者から中東での政治参加の道を奪い、過激派が米国に向かうことを繰り返さないために、トランプ大統領に求められる米国の中東対応も、そういうことになる。

世界に広がるイスラム教徒のネットワークの中核

 私は、米国にとって、ムスリム同胞団は別の重要性があるのではないかと考える。

 ティラーソン国務長官は下院外交委員会で、同胞団メンバーについて「500万人」という数字を挙げたが、同胞団メンバーというのは、10年前後活動に参加して正式メンバーに認められた人間のことである。登録すればすぐにメンバーになれるわけではない。

 私が取材した例では、カイロで高校時代から同胞団系の貧困救済の活動に参加し、大学院生になってデモや活動に熱心に参加していた学生が、軍クーデター後の反軍政デモに参加して銃撃され、死亡した。しかし、その学生はまだ正式メンバーではなかった。つまり、メンバーを500万人とするならば、その周りに活動家やシンパ、支援者などが何倍もいることになる。そのような組織としての層の厚さを持っていることも、同胞団がイスラム主義の主流派という所以である。

 同胞団はアラブの国だけでなく、欧米のほとんどの国に組織を持っている。しかし、同胞団組織が目に見えるわけではない。イスラム教徒がいて、イスラムの教えに基づいた社会活動をしていれば、同胞団の思想の影響を受け、同胞団のネットワークにつながっているという形である。貧困救済やコーラン研究はイスラム教徒にとっての当然の活動であり、単に「よきイスラム教徒」として参加しているうちに、数年たって、それが同胞団の活動だと明かされることもある。政治には興味がなく、慈善運動や医療活動だけに携わっている同胞団メンバーもいる。同胞団は、単に同胞団組織というよりも、世界に広がるイスラム教徒のネットワークの中核を担っていると考えたほうがいいだろう。

 米国がISやアルカイダなどイスラム過激派による致命的なテロを防ごうとすれば、イスラム教徒のネットワークに協力を得なければならない。その中心でイスラム教徒の様々な社会活動を主導している主流派が、ムスリム同胞団のメンバーなのである。同胞団をテロ組織に指定すれば、同胞団メンバーから協力は得られなくなる。

 トランプ政権が同胞団のテロ組織指定をこれまで行っていないのは、同胞団が米国でのロビー活動でイメージの改善に成功したから、というような簡単な話ではないはずだ。それは、米国の安全保障が、大統領の個性や好みを超えた問題だということを示している。

 まさに、ティラーソン国務長官が下院外交委員会で述べたように、同胞団をテロ指定することは「難しい問題」なのである。

(2017年09月01日掲載)

川上泰徳(かわかみ やすのり)
作者近影

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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