集英社新書WEB連載
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ガザの声を聴け!

003 世界で一番長い150キロ

 さて、話をガザの子ども達の来日に戻そう。

 彼らが羽田空港に着いたのは11月1日の深夜だった。私も、友人知人達と彼らを迎えに行った。子ども達は皆、長旅にもかかわらず笑顔で現れた。

 ガザから東京までは直線距離で約9300キロ。ドイツのフランクフルトと東京との距離とほぼ同じだ。もしガザと東京・羽田との間に直行便があれば11時間強の飛行時間となる。しかし、彼らは4日間かけて日本へやって来た。子ども達が羽田に着いたのは11月1日だが、彼らがガザを出たのは3日前の10月29日だ。こんなに長旅になった理由を考えると、彼らが置かれている複雑な状況が見える。

 子ども達はガザからヨルダンのアンマンまで陸路で移動した。アンマンからドバイ経由で羽田行きの飛行機に乗るためだ。アンマンからの出発は10月31日だったが、子ども達がガザを出たのはその2日前の10月29日だ。ガザとアンマンの直線距離は約150キロ、ガザを出てイスラエル、パレスチナのヨルダン川西岸を通り、ヨルダンのアンマンへ行くというなんとも複雑な経路だ。しかし、2日もかけて移動する距離ではない。では、なぜそんなに時間がかかるのか。

 第一の理由はガザの子ども達はイスラエルの空港を利用できないことだ。イスラエルの表玄関であるテルアビブのベングリオン国際空港はガザからそう遠くない。ガザを出てイスラエルに入ってから車で1時間の距離だ。この国際空港からは世界中に出航している。ここを利用できれば日本にもっと短時間で来ることができるのだが、政治的な理由で子ども達を始め、ガザのパレスチナ人はこの空港を利用できない。飛行機に乗るにはヨルダンのアンマンに行くしかないのだ。

 そして、ガザからヨルダンに行くには5つの検問所を通らねばならない。最初はガザ内部の2カ所。ガザを実質支配するハマス政権によるものと、パレスチナ自治政府によるものだ。そして、次に、ガザとイスラエルとの間にあるエレツ検問所を通る。そこを無事通過すると、次はヨルダン川西岸・イスラエル側の検問所へ、そしてヨルダン側の検問所と続く。

 その一つ一つの検問所を通過しなければアンマンには到着できない。検問所ではどんな問題が起こるかわからない。人によっては数時間待たされ、結局、通過の許可が出ないこともある。非常に厳しい質問をされ、荷物や衣服をすべて調べられることもある。私達国連職員は検問所をすぐに通過できるのだが、パレスチナ人への対応はまったく異なる。

 これらを通過しなければならないため、多くの時間がかかるのだ。ガザを朝の7時過ぎに出ても、順調にいって3カ所の検問所を通過してイスラエルに入るのに2~3時間。それからヨルダン川西岸・イスラエル側の検問所に向かう。そこで2~3時間。そしてヨルダン側の検問所の通過にまた数時間かかる。そこからアンマンまでは1時間強……。ガザを朝出てアンマンに着くのはやはり夜になる。

 そのうえ、彼らはガザからアンマンまでのこの行程を一気に、その日のうちに終わらせなければならない。途中で一泊することは許されていない。そういう移動許可書だからだ。そして、ガザからアンマンにその日のうちに移動できるのは日曜日から木曜日の間だけと制限されている。

 なぜなら、金曜日は、イスラム教の休日のため、ヨルダン川西岸・イスラエル側の検問所とヨルダン側の検問所が午後閉鎖されているからだ。土曜日は、ユダヤ教の休日のため、イスラエルとガザの検問所は終日閉鎖されている。

 今回のアンマンからの飛行機の出発は10月31日の土曜日。つまり、ガザを出るのはすべての検問所が終日開いている、2日前の10月29日の木曜日しかなかったのだ。

 ガザとアンマンの間は直線距離にしてたった150キロ。しかし、世界で一番長い150キロかもしれない。

第4章4回は12月15日(金)掲載予定
(2017年12月08日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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