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ガザの声を聴け!

第四回 ガザの子ども達、日本へ

001 「I love Japan」と書かれた凧

 2015年11月1日、ガザから、ラワンさん、ガイダさん、モハメドくんという、3人の中学生が来日した。ラワンさんとガイダさんは13歳、モハメドくんは14歳(年齢は来日当時)。彼らの学校のラウィア先生も一緒だ。

 たった1週間程度の来日だったが、今回の目的は、ガザの子ども達に日本を見せたい、という単純なものではない。

 ガザ中南部にハンユニスという地区がある。その一角に日本の支援で住居やクリニック、学校が建った地域がある。現地ではこの地域を「日本地域」と呼ぶこともある。

 その日本地域の学校で、2011年の3月11日、衝撃がはしった。東日本大震災のニュースが流れたからだ。

 震災の犠牲者に哀悼の意を、そして、被災者に連帯の思いを届けたい。そういった彼らの思いから、ガザでは2012年から毎年3月に子ども達が凧を揚げることになった。

 ガザのどこまでも青い空に、日本への思いが描かれた凧が揚がる。自作の凧も多い。凧には「I love Japan」と書かれているのもある。子ども達が凧を持ち、空に揚げる。日本に思いが届くように、より高く上がるようにと、凧を揚げる。

 凧揚げは、毎年、途切れることなく続いている。参加者も増え続け、今では参加者は1000人を超えている。

 2014年の夏、ガザでは50日の大規模な戦争があり、多くの子ども達も亡くなったことは、以前書いた。

 まだ戦禍が残る2014年の暮れ、UNRWA「ウンルワ」の日本人の同僚が、ハンユニスの学校に行き、来年(2015年3月)の凧揚げはどうするのかと聞いた。

 彼がそう聞いたのは当然だ。あれだけ激しい戦争があり、多くの家が壊され、戦争中は、最大30万人が家を追われ避難していた。崩壊した家の復旧は遅々として進まず、電気・水のインフラも多くが壊されたままだ。とてもじゃないが、他人のことをかまっている状況ではない。

 しかし、学校関係者はこう返事をした。
「もちろんだ。凧は揚げる」
 そして、彼に対して、なぜそんな当たり前のことを聞くのだ、と不思議そうな顔を見せたそうだ。

 彼らや子ども達を日本に招いてお礼を言いたい。こういう交流こそが国際協力の前提なのだ、と思った。

第4章2回は12月1日(金)掲載予定
(2017年11月24日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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