集英社新書WEB連載
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ガザの声を聴け!

007 ここには希望がない

 実は、医者になりたい、というのはガザやこの地域の子どもたちの共通した夢なのだ。しかし、その理由は、TさんやYさんの生活は大変だから、良い生活をしたいとか、もっと楽をしたい、と言うのではないかと私は思った。まさか、皆を幸せにしたいと言うとは思ってもいなかったのだ。

「家族が一番大事だ。それ以上に大事なものはない。家族がいれば、皆笑っていられる。苦しみも痛みもなんてことはない。どんなに苦しくて辛くとも、楽しいこと面白いことを探して、皆で笑っていられる 」

 Tさんがはっきりと言った。
「私たちは人間なんだ。単に平和が欲しいだけだ。今まで戦争がたくさんありすぎた。私たちの子どもたちをこれ以上殺さないで。もうこれ以上戦争はたくさん。 ガザの経済封鎖を一日も早く解いて欲しい」

 突然訪ねて来た日本人にここまで心を開いて、あたたかくもてなす。職がなく、収入がなく、電気もなく、冷蔵庫も空っぽだったら、私は他人をこんなにあたたかく迎えられるだろうか。帰りの車の中で、そのことばかり考えていた。

 ガザには絶望に打ちひしがれている人が多くいる。私のFacebookにはMさんのように、UNRWA「ウンルワ」の仕事を回してもらえないか、という依頼のメッセージが毎週届く。
 知人のお父さんに、「子どもさんは最近どうですか」と聞くと、「ちゃんと学校に行っている、勉強もしている。でも学校に行って勉強して一体何になるのだ。私の知り合いは勉強して医者になった。でも仕事がない。何もせず家にいる。ここには希望がない」と強い反応が返ってきた。

 ここには希望がない。

 この原稿を書いている間(2017年7月)も、ガザの状況は悪化し続けている。ガザの夏は暑く、日中35度を超える日が多い。電気は一日最高2時間しか来ないと前述したが、場所によっては数日に一度しか来ないことがある。冷房などとんでもない。扇風機も使えない。

 もっと深刻な問題は、水だ。ガザは人口密度が高いため、人々はアパートに住むことが多い。電気が来ないと、水を屋上のタンクに送ることができない。そうなると、家で水がでない。シャワーも使えないし、トイレも使っても流せない、自由に使えない。

 国連も経済封鎖が始まって10年後にあたる今年の状況を非常に懸念し、7月11日に「Gaza―10 years later」との緊急報告書を出した。ガザの国民総生産は低く、医療サービスも悪化の一途だとの懸念を述べた。ガザの経済発展はまったく進んでいない、それどころか発展とは全く逆の崩壊の方向に進んでいる、とも警告している。

 この悲しい現実は、残念ながら続いている。
「スイッチの入っていない冷蔵庫」のTさんも「ガザには職がない。電気もなく、水もない。そして食料もない。ガザには生活がない(No job, No electricity, No water, and No food. So no life in Gaza. )」と嘆いていた。

 見えない戦争は、ガザの人々、特に若い人の心を傷つけ、希望を奪っている。ただ、その中でも、絶望を希望に変え、不可能を可能にし、ガザだけでなく私たち日本に、そして世界に希望を与えている若者もいる。次回は彼らの話を書こうと思う。

第3章1回は10月06日(金)掲載予定
(2017年10月02日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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