集英社新書WEB連載
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ガザの声を聴け!

005 誰も仕事を持っていない家族

 次に、Tさんの話をしてみよう。
Tさんは、大学で英語を勉強している20歳の女性だ。Facebookで共通の知人がいたことから、Tさんから2016年の7月、ラマダン(断食月)の最中に最初のメッセージが来た。

 Tさんとは初めてのチャットだったため、何を聞いて良いかわからず、軽い気持ちで「ラマダンはどう?」と尋ねた。

 ラマダンとは厳密にはイスラム暦(陰暦のヒジュラ暦)の9番目の月の名前だが、イスラム教徒はこの月の間中、日の出から日の入りまで断食する。この時期は空腹を経験し、神の恵みに感謝するというとても神聖なものと考えられている。

 すると、Tさんは、「うちは毎日がずっとラマダンで、ラマダンに入る前と今とでは何も変わらない」と返事をしてきた。

 どういう事なのか聞き返すと、「うちは貧しく、UNRWA『ウンルワ』の食糧援助で生き延びている。ラマダン前から食べるものは不足しており、日中食べないことが多かった。だから、ラマダン中もラマダンでない時も、お腹が空いて一緒だ」と話してくれた。

 軽い気持ちで聞いたことで、彼女にとてもつらいことを言わせてしまった、そう感じて申し訳ない気持ちだったが、Tさんは、まったくそんなそぶりも見せず、学校のこと、家族のこと、いろいろ話してくれた。

 彼女の家を2016年の8月に訪ねる機会があった。彼女の家はガザの中部にある、ハンユニスにある。なかなか場所がわからず、迷いながらもようやく到着した。Tさんの家は両親と8人きょうだいの大家族である。家のドアを開けながら、家族皆が笑顔で迎えてくれた。こちらも大きな笑顔で挨拶を交わす。

 Tさんの家は、細長く、真ん中の廊下を挟んで部屋が3つあった。家の面積は大きいが、建物は古くて換気が悪く、夏は暑く冬は寒い。雨が降ると床が洪水のようになるそうだ。家の奥には小さな庭があり、そこに鶏がいた 。卵を取るために飼育している。

 Tさんは8人きょうだいの上から5番目。25歳から11歳までの兄弟姉妹で、一番上と3番目が男性(兄)で、他の6人は全員女性。家にいたのはご両親と7人の子ども、全部で9人だった。 一番上のお兄さんはガザを出て、知り合いを頼りに、今はブラジルにいるとのこと。最近、同じようにブラジルに避難したシリア人の娘さんと結婚したと、写真を見せてくれた。

 家族のうち、誰も今は仕事を持っていない。Tさんのお姉さん(次女)が以前3ヶ月間日本のNGOで働いていたが、それがここ数年、家族の中で仕事をした唯一の例だった。

 Tさんのお父さん・お母さんともに高血圧の持病があり、UNRWA「ウンルワ」の診療所で薬をもらっている。ただお父さんは以前心臓病の手術もしたので、今はそれが心配だと話す。

 皆笑顔で、色々な話をしてくれ、笑い声は絶えないが、話の内容は深刻なものばかりだった。

第2章6回は9月22日(金)掲載予定
(2017年09月15日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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